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M & L @ X

L「兄さん、大変だ」
M「どうした弟よ」
L「なんか、街の様子がおかしいんだ」
M「どうおかしいんだ」
L「赤と緑に染まってるんだ」
M「そんなこと言ったら、俺たちだって年がら年中赤と緑に染まってるじゃないか」
L「でも周りはそうじゃないだろ」
M「まあ、そうだな。じゃあつまりあれだ、きっと俺たちの祭なんだよ」
L「僕たちの?」
M「そう、俺とお前を崇め奉る祭」
L「そうか、それでみんなが僕を見てたのか」
M「お前、人気者だな」
L「でもあれは人気者って言うよりは、おかしなものを見る目つきだったけど」
M「畏れ多いんだろ」
L「そういう感じでもなかったけど」

L「街でいいものを見たよ」
M「なんだ、いいものって。ファイアフラワーか?」
L「それがさ、街の中にでかいモミの木が立っててさ」
M「すごいな。誰が立てたんだ」
L「ベルとか、小さなライトとか、靴下とかで飾り付けられてるんだ」
M「靴下? ベルとライトはまだしも、靴下で飾り付けってどうなんだ」
L「でも聞いてよ兄さん。そのモミの木のてっぺんにさ、何があったと思う?」
M「ファイアフラワーか?」
L「モミの木、燃えちゃいそうだね」
M「違うのか。じゃあ何だよ」
L「ふふふ」
M「焦らすなよ」
L「なんと! スターがあったんだよ!!」
M「おお! スターかぁ!!」
L「いいでしょ」
M「いいな〜。それでお前、取ったのか」
L「ジャンプして取ろうとしたんだけどね、途中でおまわりさんに捕まったよ」
M「それは残念だったな」
L「取りたかったなー、スター」
M「俺もう何年もスター取ってないよ」
L「器物損壊罪で捕まってから探しにくくなったよね」

L「あと、夜の駅前がきらきら光ってたよ」
M「レインボーロードか」
L「そんな感じ。光り輝くお城とか、馬車とかがあった」
M「城か……元気かな、ピーチ姫……」
L「そういえば、最近連絡ないよね……」
M「クッパにさらわれることも少なくなったしな」
L「前は週一だったよね」
M「それが最近は、俺たちやクッパと肩を並べてカーレースとかしてるもんな。ピーチ姫も強くなったよ」
L「スタートダッシュでいつも抜かれるよね」
M「後ろから亀の甲羅投げつけてきたりな」
L「僕、抜かれ際に鼻で笑われちゃったよ」
M「……クッパの城で泣いてたのが、随分昔のことみたいだな」
L「懐かしいね……」

L「あ、そうそう。街中で兄さんみたいな格好のおじいさんを見たよ。真っ赤な服でさ」
M「コスプレか。よくやるな。でも、おじいさんに人気があるってのも、複雑な気分だな」
L「ただ、微妙に違ったんだよね……。帽子にMの字はついてないし、つばもなくて後ろに垂れ下がってて、先っぽに白くて丸いボンボンみたいなのがついてる」
M「まあおじいさんだしな。そういうこともあるさ」
L「服もところどころ白くてもこもこしてた。青いパンツは履いてなかったな」
M「……まあ、そういうこともあるさ」
L「あとヒゲ。ヒゲが違ったんだ。白くてもじゃもじゃですげー長いの」
M「ちょっと待て、それはダメだろ。ヒゲは黒だ。しかも、もじゃもじゃってなんだよ。ちゃんと手入れして左右に伸ばせよ。白くて生え放題のヒゲなんて、俺は断じて認めん」
L「……じゃあ、あれは兄さんの真似じゃなかったんだ。僕たちの祭っていうから、僕はてっきり……」
M「お前さ、もっとよく見てから言えよ。さっきから聞いてても全然違うじゃん。全然真似じゃねーじゃん。それともお前は、俺のことをそんなふうに見てるのか? 俺が毎日手入れしてるこのヒゲを、もじゃもじゃのヒゲと同じだと思ってたのか?」
L「そんなこと……」
M「そんなニセモノと俺を一緒にするなよ」
L「……ごめんよ、兄さん……」
M「…………」
L「ほんと、ごめん」
M「……いや、悪い。俺も言い過ぎたよ」
L「兄さん!」
M「……? お前、何を手に持ってんだ?」
L「あ、これ? これはその赤いおじいさんが僕にくれたんだ。プレゼントだって」
M「…………」
L「ほら、Wiiだよ! 兄さんも、マリカーやりたいって言ってただろ? 僕たち出たのに、一回もやったことないって」
M「……そうか。そういうことか……」
L「え?」
M「お前はそんなもので俺を裏切るんだな」
L「ちょ、ちょっと兄さん。違うよ、誤解だよ」
M「もうお前のことなんか信じない」
L「兄さんってば! どこ行くんだよ!」
M「山に行ってくる。強制スクロールでアスレチックしてくる」
L「そんな、やめてよ! 無理だよ! あの頃だって何回落ちて死んだと思ってるの」
M「あばよ」
L「にいさああああああん!」

 その後、Mは街中でドリフト走行、一方通行の細い道をショートカット、さらにきのこを使いまくってスピード違反で捕まった。

* マリオカートWii
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    星見会

     びーっ、びーっ
     夜の一時。ベッドの上、PSPでモンハンをプレイ中。姿を消すぶさいくなトカゲがターゲットで、どこだ、どこにいる、と探している最中だった。
     枕の脇に置かれた携帯をにらみつける。まだしつこく、びーっ、びーっと震え続けていた。いったい誰だこんな時間に。軽くいらっとしながらモンハンを止め、携帯を手に取る。画面に表示された名前から猛烈な勢いで嫌な予感が噴き出し、思わずのけぞって顔をしかめる。
     とりあえず無視してたら切れたので、晴れてモンハン再開。ターゲット発見! 煙玉用意!
     びーっ、びーっ
    「ぬあああっ!」
     ちくしょう、これからってときに! 携帯をわしづかみにして、思い切り通話ボタンを押す。
    「お晩でーす」
    「何の用だ貴様」
    「やっぱり起きてたね」
    「早くしろ、忙しい」
    「どうせゲームでもやってたんでしょーが」
    「う」
    「実は今、ねーさんの家の前にいてね」
    「!!」
     ベッドの横の窓に近づき、カーテンを指で少し開ける。夜の闇に溶けそうな黒いワゴン車の前、黒いコートを着込んだヒナタが携帯片手にこちらを見上げていた。目があったところで、慌ててカーテンを閉める。
    「見たいなー、ねーさんのパジャマ姿」
    「この変態! ストーカー!」
    「失礼な」
    「さっさと消えろ」
    「冷たいなあ。そんなこと言うと、ピンポン押しちゃうぞ。夜更かしする娘さんと違って、ご両親は就寝中なんでしょ?」
    「やめんか! 今何時だと思ってる」
    「午前一時二分。俺らにとっちゃまだ夕方さ」
    「黙れ」
    「とりあえず武器を捨てておとなしく投降しなさい。さもなくば……」
    「ま、待て」
     もう一度、おそるおそるカーテンを開けてみると、にやにや笑いを浮かべながらインターホンの「呼」スイッチに指を伸ばす奴の姿が。
    「家族の安眠はないと思え」
    「やめろと言ってるだろうが」
    「じゃ、降りてきなよ」
    「くっ…………覚えてろよ」
    「いつも同じこと言うよね」
    「うるさい」
     電話を切る。もしかして、とカレンダーを見ると、なるほど今日は12月14日だった。たしか去年もこのあたりだったな。タンスを開けて服を取り出す。ああ、寒い。なんで風呂に入った後で出かけなきゃならんのだ。

     なるべく静かに階段を下り、玄関で靴を履いて、なるべく静かにドアを開ける。鍵を閉めて門まで歩きながら、空を見上げた。雲は少ないが、思わず目を細める。
     門を開けたところで、車のドアにもたれていたヒナタが「やあ」と手を上げた。
    「死んでこい」
    「斬新な夜の挨拶だね」
    「……で、また山か?」
    「ご名答」そう言って、ヒナタはにっこりと笑んだ。まるで子供のように無邪気な表情が、私の神経を逆撫でする。しかし相手はそんなことなど全く気にせず、「何枚着てる?」とセクハラまがいの台詞を吐いた。
    「四枚。ズボンも靴下も二重」
    「カイロは」
    「左右のポケットに一つずつ、靴にも貼った」
    「グッド」
    「グッドじゃねーよ、張り倒すぞ。せめて二、三日前に連絡入れやがれ」
    「えー、でもいつも、何も言わなくても準備万端だからいいじゃん」
    「殺す。いつか殺す」
    「まあまあ、そう怖い顔しないで。車乗ってよ。あ、そうだ、後ろにココアあるよ」
    「……ふん、いきなり呼び出すなら、そのくらい当たり前だ」後部座席のドアを開ける。餌に釣られたようで悔しいが、好きなものは仕方がない。
    「銀色の水筒。紙コップも買ってあるから、適当に使って」
     ヒナタの車はシートがふかふかしていて、座り心地がいい。置いてあった魔法瓶のふたを開け、湯気を立てる茶色い液体を紙コップに注いで一口すする。温かい。ふう、と息を吐くと、運転席に乗り込んだヒナタがくすくすと笑った。いちいちしゃくに障る奴だ。
    「それにしても、よりによって満月とはな」私は夜空に浮かんでいた丸い光を思い出しながら言う。
    「あれでも少し欠けてるらしいよ」からからと笑うヒナタ。
    「日をずらしたりはできなかったのか?」
    「あー、うん、考えたんだけどね。やっぱり今日が極大っていう話だし、こういう年もあるってことで」
    「そういうこと考えてちゃんと準備するくせに、なんで連絡しねーんだよ」
    「だって、そっちの方が面白いじゃん」
    「お前、一回死ね」ひきつった笑みを浮かべ、握りこぶしに力が入る。
    「あー、わかった僕が悪かった。今度は連絡するから、殴るのは勘弁」
    「今度もなかったら、罰として何かおごれよ」
    「じゃあまた、対ねーさん最終兵器ホットココアを用意する」
    「足りんな。イチゴショートつけろ。ホールでだ」
     ヒナタは「はいはい」と適当な返事をすると、「じゃ、次は……なっちか。ふっふっふ」とあやしい笑い声を発しながらエンジンをかけた。不審者そのものだ。
    「ねーさん、連絡よろしく」
     だが私も人のことは言えないのだろう。口元を緩ませながら「了解」と答えた。紙コップを傾けてココアを飲み干し、携帯を開いてなっちに電話をかける。8コールくらい鳴ったあとで繋がった。
    「よう」
    「ねーさん? なんですかこんな時間に」
    「山行くぞ。用意しろ」
    「え……今から? ……ってまさか……や、やめて下さい僕明日……」
    「残念ながらもう家の前だ」
    「鬼ー!!」

     そんなこんなで、山を目指す黒ワゴンの中には、男二人女二人、総勢四人が乗ることとなった。
    「いやーでもよかったなあ、今年も無事こうして集まることができて」
     車をかっ飛ばしながら陽気に言うヒナタ。その隣には、頭を抱えてうつむくなっちが座っている。
    「なぜ。なぜですか。明日朝九時からバイトだというのに、僕はなぜこんなところに」
    「まあ運がなかったと思うんだな。同情くらいはしてやろう」となっちの後ろの席の私。右手にはホットココア入り紙コップ。三杯目だ。
    「そうそう、そういうこともあるって」
    「お前が言うな」「ヒナタが言うのはおかしいでしょう」
    「えーなんでー」
    「なんでじゃないわよ」
     ごっ! という鈍い音。「いってー!」ヒナタの叫び。ハンドルを握る手がぶれて、私たちを乗せた車は危うく中央分離帯に乗り上げそうになる。
    「私だって、昨日寝てないんだからね」
     ヒナタの後頭部をグーで殴ったのは、私の隣に座るサチだった。目の下に隈ができている。いや、サチさんよ、気持ちはよく分かるけど運転手殴るのはやめようぜ。
    「着くまで寝てればいいじゃん」
    「言われなくてもそうするわ……よ……すー、すー」
    「……早いですね」
    「のび太並みだ」
    「誰がのび太だ!」
     ごっ! 「いってー!」
    「危ない!」
    「ちょっとヒナタ! あんた運転手なんだからちゃんと運転しなさいよ」
    「殴っておきながら言うかフツー」
    「……サチさんも鬼ですね……」
    「なに? なっちも殴られたい?」
    「遠慮しときます」
    「じゃ、おやすみ」
     再び寝息を立て始めるサチの横で、私はココアをおかわりする。
    「ねーさん、飲みすぎじゃね? 俺らの分も残しといてよ」
    「お前のものは私のものだ」
    「うわこっちはジャイアンかよ」
    「ということは僕はスネオですか」
    「ヒナタはしずかちゃんな」
    「は? ドラえもんでしょその流れで行くと」
    「お前のどこが万能なんだ?」
    「でも、ヒナタがしずかちゃんだと、途端にテンションが下がりませんか」
    「たしかに」
     そんなくだらないことを話しているうちにも、車はどんどん進んでいく。道は次第に幅が狭くなり、うねうねとした上り坂に変わる。左手は斜面で右手は森、ヘッドライト以外に明かりはない。
     山道の運転に集中するヒナタ。ヒナタの乱暴な運転で頭を左右に振られながらも熟睡するサチ。明日のバイトのためを思って仮眠をとっているのだろうなっち。黙って周りを観察する私。車内は沈黙で満たされ、エンジンだけが緩急をつけて唸る。

     午前二時半。
     山の中腹にある公園に着いた。駐車場にはいくつか車が止まっていて、空を見上げている人も何人かいる。この公園は、天文を趣味とする人の間ではちょっとした星見スポットとして有名だ。市街地から車で一時間弱、雪が積もるほど山奥ではないので比較的気軽に来ることができる。
    「さーて着いたぞー」明るく言いながらエンジンを切るヒナタ。なっちとサチはその声で目覚め、脱いでいた上着を着る。あらかじめ準備していた私は、すぐに外に出た。
     寒い。顔の皮膚に突き刺さるような冷気。手袋を上着のポケットにしまいっぱなしだったことを思い出し、慌ててつける。
    「今日はどこらへんにしようか」と、黒ワゴンの後ろのドアを開け、荷物を取り出すヒナタ。
    「そうだな……」と空を見上げる私。思わず、はあ、と溜息が出た。「案の定、明るいな」
     この公園では、「満天の」とまではいかないが、やはり市街地で見るのとは段違いの星空を眺めることができる。とはいえそれは、満月に近いような月が出ていなければの話。街の光と同じで、月によって空全体が照らされてしまい、光の弱い星が見えなくなってしまうのだ。
    「広場に行こうよ」と言うのは車を降りたサチ。「少しでも暗いところ選んでさ」
    「そうですね……じゃあ、グラウンドの隣の芝生にしましょう」
    「よっしゃ、ものども、運べ」
    「断る。ってか、命令すんな」
    「そういうのはヒナタの役目でしょ」
    「ええー」
    「……あまりに不憫なので、少し持ちましょう」
    「おお、なっち、心の友!」
    「恥ずかしい台詞を叫ばないで下さい。気が変わりそうです」
    「…………」
     散々ヒナタをいじっておきながら、結局四人で荷物を運ぶ。保温性のある銀色のシート、通称「銀マット」を二つ。毛布二枚。魔法瓶の水筒三本、中身は二本がココア、一本がコーヒー。紙コップ。星座早見盤。双眼鏡。赤いセロハンをつけたペンライト。
    「そういえばなっち、カメラは?」
    「いつものデジカメなら一応持ってきましたけど、出番はなさそうですね」
    「一眼レフはまだ買ってないの〜?」
    「今、お金を貯めてるところです」
     駐車場の脇の階段を降り、木に囲まれた小道を抜け、グラウンドへ。グラウンドでも空を見上げている人たちがいた。私たちはさらに奥の芝生へ向かう。芝生の上は空気が湿っているようで、ひときわ寒く感じた。そのせいか、こちらには誰もいない。公園灯の光は届かず、月明かりだけが草木を照らし出している。
    「ここらへんでいいですか」
    「おっけー」
     銀マットを敷いて腰を下ろす。隣にサチが座る。そのまま空を眺めていたら、頭の上でぶわっと毛布が広がった。
    「うわっ」
    「ちょっと、何するのよ!」
    「わははは」
     サチの怒号とヒナタの笑い声が交差する。何が面白いのか、なっちまで噴き出している。私は立ち上がり、まだ笑い続けるヒナタに毛布を投げ返した。毛布が奴の視界を奪うと同時に、私のローキックとサチのボディーブローがヒットする。毛布の下で腹を押さえてうずくまるヒナタ。
    「相変わらず、することが子供よね」
    「たしかにヒナタは成長してないよな」
    「サチのすぐ手が出るとこも、ねーさんの足癖の悪さも相変わらずだよ」
    「もう一度蹴られたいのか?」「まだ殴られたいの?」
    「暴力反対〜」
    「というか、そろそろ、星見ませんか?」
     なっちの一言に攻撃態勢を崩す。
    「命拾いしたな」
    「今度なんか言ったら、本気で殴るからね」
    「怖いって。ってか今の本気じゃなかったんかい」
     毛布から出ようとしてもぞもぞ動くヒナタの姿がおかしくて、サチと私は笑った。

     四人並んで、銀マットに寝転がる。視界一杯に広がる星空。冬のダイヤモンドはもう天頂を過ぎて、西に傾いていた。ダイヤモンドの中で明るく光る月。ふたご座の足元あたりだろうか。東にはもう春の星座であるしし座が昇ってきていて、北側には北斗七星も見える。
     思えば、こうして夜中に星を眺めるのも年に数回になってしまった。高校の天文部で、月に一度のペースで星を見ていた頃が懐かしい。同じ学年だった私たち四人は、高校を卒業して別々の大学に進学した。大学で天文サークルに入ったのはヒナタだけで、今も月一かそれ以上のペースで星を見ているのは、たぶん奴だけだろう。
     そのヒナタが唐突に三人の家に押しかけてきたのは、去年の夏のことだった。「免許を取ったばかり」と言う奴の運転する車に乗せられ、そのまま山まで連れて行かれた(行き帰りの山道で何度も死を覚悟した)。それから、だいたい四ヶ月に一度のペースでヒナタによる強引な星見会が決行されている。今回で四度目だ。
     四人で星を見に行く機会を作ってくれるヒナタには、感謝すべきなのかもしれない。けれど、連絡せずに押しかけてくるのは軽く迷惑だし、礼を言っても「また柄にもなく」とかなんとか、からかわれるだけだろう。それも腹立たしいので、何も言わない。
     そんなことを考えながら、ぼんやりしていたときだった。
     夜空を走る、一筋の光。
    「あ、流れた」
    「えっどこ?」
    「オリオンの三ツ星の近く」
    「今回はねーさんが一番乗りか」
     悔しそうに言うヒナタ。「悪いな」と言ってから、思わずにやりと笑ってしまった。

    * 参考サイト
    はまぎんこども宇宙科学館
    Astro Arts
    つるちゃんのプラネタリウム - 万能プラネタリウム(Javaアプレット)

    JUGEMテーマ:小説/詩


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       静寂に耐えかねて覚醒した。白い天井。白い壁面。白い床。白いタンス。白いベッドに白いシーツ。白いシャツ。窓の外まで白い。真白に塗り尽くされた部屋が私を圧迫する。
      「シュルバ!」雑音混じりの声で叫ぶ。耳鳴りが白に反響する。同調する頭痛。両手で頭を押さえる。「シュルバ! 出てきなさい!」
      「けひっ」
       可愛らしい鳴き声と共に影が現れた。白い部屋の隅で、まるで黒子のようだ。私の頭より一回り小さい、毛むくじゃらの丸い塊に、飛ぶには頼りない翼が二つついている。左右に揺れながら近づいてきて、音もなくベッドに這い上がった。
      「食べるなと言ったでしょう」
      「けひひっ」
      「早く出しなさい」
      「びひひひひひっびひひひひっ」
       シーツの上の影は、道化るかのように8の字を描いて飛び回ってみせる。「このっ」手を伸ばして掴もうとするが、シュルバはひらりと身をかわして「ぷひ」と私を嘲笑った。腹立たしいことこの上ない。
      「わかった」私は首を左に向ける。視線の先にある、白いマッチに手を伸ばす。「そっちがそのつもりなら」低い声で言いながらマッチを擦る。
      「けっ」ぴたりと動きを止め、震え始めるシュルバ。構わずマッチの火を近づける。「ひ、ひ、ひいい」
      「消えたくなかったら、早く出しなさい」
      「ひぎゃあああ!」
       甲高い叫び声を合図に、私は素早く火を吹き消す。影はぐにゃりと歪んで膨らみ、ベッドをすっぽり覆うほどに広がった。両翼の中間でぱくりと裂け、勢いよく二つに割れる。間には唾液の影が糸を引いていた。
      「げえええええええええええ」
       聞いているこちらが吐き気を催すような声を上げながら、シュルバは色を吐き出した。どろどろと濁った吐瀉物から色が分離し、それぞれ元の位置へと戻っていく。天井は群青。壁面は青から黒へのグラデーション。床は漆黒。タンスは緑青。肌色のベッドに水色のシーツ。シャツ……は元から白だった。窓の外には黄緑色の空。
      「げふげふ」と苦しそうに咳き込むシュルバを撫でる。
      「苦しいなら食べなきゃいいのに。どうして毎度毎度、吐くと分かっていて食べるの」
       問うたところで、シュルバは咳き込むばかりだ。
       ベッドから降りてドアへ向かう。緑色に錆びたドアノブを回して部屋を出る。ドアを閉める直前、落ち着いたらしいシュルバが隙間から這い出てきた。
       左手に黒く塗られた廊下が伸びており、その両側にそれぞれドアが三つずつ、互い違いに並ぶ。窓は突き当たりの右側に一つだけで、そこから淡い光が差し込んでいる。一度も入ったことのない部屋の前を裸足でぺたぺたと歩く。シュルバは私の周りをくるくる回りながらついてきた。何が可笑しいのか時折「けひひ」と笑う。
       突き当たりで左を向く。下り階段。窓を背にしているので影が階下まで伸びている。シュルバは私の影に潜り込むと、影を伝って階段を下り、頭の辺りから出て行った。ぎいい、と居間のドアの開く音が聞こえる。シュルバが開けたのだろう。私もゆっくりと階段を下りて、居間へ向かった。
       赤錆色の部屋に、くすんだ橙色の家具が置かれている。食器棚、テーブルと椅子、ソファ。
       ソファの上で色の違う二つの紐が絡まり合っていた。紐はそれぞれ私の父と母だった。見ると二人の足で大きな結び目ができている。どうやら縺れてしまったようだ。二人は淀んだ瞳で私を認識すると、「うう」「あああ」と意味を有しない唸り声を上げた。
       私はソファに近寄ると、黙ったまま結び目を解く作業に取り掛かった。五分ほどしてがんじがらめになっていた体は見事に離れた。自由になった二人はソファの上で仰向けになり、そのまま動かなくなった。一晩中絡まっていたために精も根も尽き果てているのだろう。ゆっくりと瞼を閉じ、深く息を吐く二本の紐。どうせそのまま眠ってしまい、気づいたときにはまた絡まっているに違いない。
       居間の奥にある、乳白色のキッチンへと向かう。流し台には昨日の夕飯に使った食器の山。しまった、片付けるのを忘れていた。まずはこれを何とかしなければ、そう思ったとき、シュルバが足にまとわりついて執拗に食べ物をねだってきた。仕方なく、流し台の下の戸を開く。500ml入りの絵の具のチューブが12本並んでいる。
      「今日は何色がいいの?」
      「けひっけひっ」
       シュルバは小さな翼の先で、青と黒のチューブを指した。私はそれぞれのチューブを両手に持って、パレットの上に絵の具を捻り出す。シュルバは嬉しそうに跳ね回りながら待っていた。
      「さてと」
       シュルバが絵の具を貪っている横で、私は食器を洗い始める。朝食は何にしようか。たしか冷蔵庫の中にベーコンと卵があったから、ベーコンエッグでも作るとしよう。

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        おばけちゃん

        「ありがとございやしたー」
         店員の大きな声に送り出され、ミツキと私は店の外へ出た。むあっとした熱気が体を包む。今日は金曜。夜十時。アルコールのせいで少し頭が重い。
         閉塞感のあるオフィスでちくちく刺さるストレスに耐えて残業したあと、地下鉄に乗って街まで出てミツキと合流、二時間飲んだ。仕事の愚痴から始まって、蝉がみんみん鳴いていて空もすっかり夏なのに梅雨明けしてないのはどういうことだとか、好きだったロックバンドが最近違う方向に走り始めて悲しいとかいうことを話した。やがて話題も尽きてきて、ミツキが眠そうな目をしながら「そろそろ出よっか」と言った。
         街はまだ賑わっていて、酔っ払って赤ら顔のおっさん軍団が叫んだり笑い合ったりしている。つんと尖ったようなお水風の女の人、曲がり角に群れる呼び込みのお兄さん。人の多い歩道を、おぼつかない足取りで歩くミツキと私。
        「お〜いもう一件行くぞ〜」
        「僕はね、言ってやったんだよ」
        「ぎゃはははは」
        「おにいさん、いいコいますよ、どうすか?」
        「でさ、彼氏がさあ」
        「……って思うでしょフツー」
        「クーポンどうぞーすぐそこでーす」
         遠くから路上ライブの音。にしても、蒸し暑い。
        「ちょっと、危ない」
         ふらふらと前を歩くミツキの手を掴む。目の前は大通り、信号は赤。振り返った彼女の顔も赤い。
        「ん……あー、ありがと」
        「寝ながら歩くなよ」
        「寝てないよ、大丈夫」
         交差点で信号が変わるのを待つ。その間にもミツキの顔はどんどん下を向いていく。すっかりうな垂れたのを横目に、ふう、と溜息をついた。まったく、どこが大丈夫なんだか。
         小さくてすべすべとしたミツキの右手を、左手で握っている。握り返してこないのは眠っているからなんだろうか。そっと覗き込むと、口を半開きにした無防備な寝顔がそこにあった。可愛らしくて、思わず「ふふ」と笑ってしまう。
         笑ってから、一瞬にして心の中が冷たく凍る。アルコールを舐めた脳みそが、普段は目を背けていることまで引っ張り出して、どうなんだ、どうなんだと自問する。けれど、どれだけ考えたところで正解は分からないし、肝心の自分の感情は曖昧で掴みどころがないように思えた。
         何台もの車が横切っていくのを、ぼんやりと眺める。ミツキの右手の温度がなぜかひどく悲しい。

         手を繋いでいる私たちの間を、何かが通り過ぎた。
         人ごみの喧騒が遠くなる。私は反射的に空を見上げた。星の見えない明るい空に、うっすらと白い輪郭が揺れる。高層ビルの向こうに、点と線で描かれた単純な顔が現れる。表情はない。
        「ね、渡らないの?」
         ミツキが不思議そうに尋ねてくる。視線を戻すと、信号が青になっていた。人ごみが、止まっている私と彼女をよけて流れていく。信号機の下のスピーカーから出る、ぴよ、ぴよ、という音が遅れて聞こえてきた。
        「どうかした?」
        「おばけちゃんが……」
        「え、なに?」
         何だろう。おばけちゃんって。私は自分の口から出た言葉に戸惑いながら、ビルの向こうを指差した。
        「ほら、あそこ。大きくて、白くてぼんやりしてる」
        「んー? ……雲?」
        「雲じゃなくて。顔あるし」
        「顔?」
         おばけちゃんの顔のあたりを指で差し続けていたら、二つの点がすっと動いて、まっすぐ私の方を向いた。目が合った、みたいだ。思わず指を下げる。
        「大丈夫? 酔ってる?」
         私はおばけちゃんの視線から目が離せないまま、そっちの方が酔ってるでしょ、と心の中で思った。たぶん、ミツキにはおばけちゃんが見えていない。
         おばけちゃんはしばらく私を見つめたあと、視線を宙に戻した。それから淡い輪郭がゆっくり溶け出して、湯気みたいに消えてしまった。消える直前のおばけちゃんは、少しだけ泣きそうな、悲しげな表情を浮かべていたように見えた。
        「飲みすぎた?」
        「ううん、ごめん、大丈夫」
         上の空で答える。星の見えない明るい空、高層ビルの向こうをじっと見据えて。
         ぽっ、と額に水の粒が当たった。「あ、雨」とミツキが言う。次第に、ばちばちと激しい音が敷き詰められていく。どしゃ降りだ。
        「しーちゃん、行くよ、早く!」
         無言のままこくりと頷いて、私は走る。ミツキに手を引かれて走る。走りながら、さっき見たおばけちゃんの輪郭を、頭の中で何度もなぞってみる。私の中のおばけちゃんは、少しだけ笑っていた。


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        * 7月ごろに書き始めて放置だった
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          | 一話完結 | comments(0) |

           珍しく窓際の休憩スペースでお昼を食べていたら、ころころと丸っこい雲が浮かんでいた。私はぼんやり、できることならあの雲みたいになりたいなあ、と思った。

           お昼を食べたあとで眠っていると、背後に誰かが立っている気配を感じる。視線を肌で感じる。眠っていることを責めているのか、人の寝顔が面白いのか、どういうつもりで見ているのか分からないけど、あまりいい気分ではない。誰だろう。だいたい目星はついてるけど、目を開けて確かめるのが怖くて、寝たふりをするように目を閉じている。というか眠くて、そういうことを考えながらゆらゆらとまどろむ。どうして眠りは水をイメージさせるんだろう。

           営業のYさんが電話でまたルール違反の依頼。悪い人じゃないんだけど、何回も繰り返すのはどうにかして欲しい。とはいえ、Yさんに注意する事務のMさんの言い方もまたカンにさわる。Mさんは苦手だ。あまり話したいと思えない種類の苦手。
           お客様からのクレーム電話を受ける。一方的にどなられて、何度も謝って、最後はガチャ切りされて、なんだかどっと疲れてしまった。そういえばクレーム受けるの久しぶりだな。最近はTちゃんが連続で「あたり」を引いてたからなあ……ところでクレームって、あたり? それとも、はずれ?
           今日も今日とて残業。最近本当に忙しくて、定時を過ぎれば過ぎるほど、みんなの顔にハキがない。会話も少なくなる。無表情でパソコンに向かって、ただひたすら作業し続ける。そういうときはなんだか、半分死んでるみたいな気分になる。半分死んでる私を見つめる半分の私がいる。

           ビルを出て、地下鉄のホームまで歩く。私は半分死んだままで、まるで他人のような体を動かしている。足が重い。鞄からイヤホンを伸ばして、i-Podの電源を入れる。最近はくるりを聞いている。『ばらの花』が好き。岸田さんの声を聞いて、私の半分を少しずつ取り戻す。最寄の駅からうちまで、歌のリズムにのって歩く。夜は風が冷たい。
           アパートの階段を上がり、ドアを開ける。誰もいなくても「ただいま」と言ってしまう。電気をつけて、鞄を置いて、ベッドに倒れこむ。その瞬間の、ばふっという感触が好きだ。そのまま眠ってしまいそうになり、慌てて起きて簡単にご飯を作る。ご飯を炊けるかどうかが、疲れのバロメーター。今週はまだいける。おかずは二日目の煮物。さつまいもの味噌汁は、甘くて温かくて美味しい。秋です。秋刀魚が食べたいなあ。あと梨も。
           ご飯を食べるときにテレビをつけて、そのままだらだらと見る。ふと時間を見たら11時で、慌ててお風呂に入った。お風呂から出て髪を乾かす。なんでかよくわからないけどほっとする。牛乳を飲む。歯を磨く。ベッドに潜って少し本を読もうとするけど、うつらうつらとしてきて諦めた。電気を消して、眠る。

           その晩、ころころと丸っこい雲になる夢を見た。空を漂うのは心地よかったけれど、まるで冷たい秋風みたいに、寂しさが私の体を吹き抜け続けた。くるりの曲が遠くで聞こえた気がした。たぶん、今まで聞いたことがない曲で、しみるみたいに悲しくて、優しかった。

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