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アーサー・C・クラーク『火星の砂』

評価:
アーサー C.クラーク
早川書房
¥ 691
(1978-07-01)

 古きよきSF。ここに描かれている未来は訪れていないが、訪れていないからこそ見える部分がある。SFの古典を読むときはいつもそんなことを考えている。変わりゆくものと変わらないもの、流行する魅力と普遍の価値について。

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    ねじれ双角錐群『望郷』Kindle版

    物語をめぐるアンソロジー。表紙が素敵。

    『物語のない部屋』
    メタ。好きです。アンソロジーや短編集の一作目というのはその一冊を決定づける役割があることに最近気づいた。

    『新しい動物』
    虹鱒かわいい。ビジュアルはシュールだけど、こんなにかわいく描けてしまう文章ってすごいな。

    『二色の狐面』
    のじゃロリ狐ババアはジャンルなのか? 地の文の安定感と会話のテンポが楽しい。スピンオフ的な意味でも楽しかった。

    『組木仕掛けの彼は誰』
    かっこいい。夢中でページを捲ってしまった。辞書文体、AR、人物の配置、キャッチーな単語と隙がない。のじゃロリ狐ババアはジャンル(以下略)

    『ユゴスに潜むもの』
    SF。まさか異星人ものがここにくるとは……。つっこみどころがいくつかありつつも、はらはらしながら読み進めた。

    『香織』
    ポップカルチャー。星とか虹とかラベンダーの香りとか、モチーフの挟み込みかたが秀逸。なかなか真似できないバランス感覚だと思う。

    『器官を失ったスピンドルの形』
    うわーこれ好きだー。冒頭二文で引っ張られ留まることなく。硬めの文章のなかに挿し込まれる「誕生日、おめでとう!」の美しさよ。

    読了日:20171008

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      小林泰三『海を見る人』

       一連の短編からなるひとつの物語……と言ってしまっていいのかどうか微妙なところ。
       解説によれば、描かれている設定が計算可能なハードSFとのこと。私は理系を専攻したくせに計算嫌いの文系脳なので、そのように読むことはほぼない。なんとなく損してるのかなとも思うけれど、たぶん今後もファンタジーとしてしか読まないだろう。
      (これは描きかたにもよると思う。例えば円城塔の幾何学SFは、明確にそれとして読むしかない、読者にそう読むことを強いる描かれ方をしている。物語と論理のバランスをどこにおくか、ひいては何を描きたいか。あとは読者が何を読み取りたいかだと思う。)

      『砂時計の中のレンズ』
      世界の描写でかなり戸惑った。比重が設定に置かれていて、物語面が尻すぼみなのが残念。この一話目を読み終わったとき、正直、久々に読みにくそうな本だなと思った。

      『独裁者の掟』
      よかった。心情描写によって物語寄りになっている。抑圧からの解放の構成がぴったりはまっていて、キャラ配置も好みだった。

      『天獄と地国』
      これもやや世界設定寄りだけど、『砂時計〜』に比べれば読みやすく楽しめた印象。大事なのは結末だろうか。計算しないと損するかもと思った理由は解説を参照。

      『キャッシュ』
      設定とキャラ、語り口が好み。「そんな馬鹿な仕様になっていたのか?」「しかし、それは明らかなバグだろう」のコンボには思わず苦笑いしてしまった。バグの中身だが、さすがに国家的全世界的プロジェクトであればこんなお粗末にはならないのでは。反面、タイムスケールとしてテストしようがなかったのかな、とも思った。

      『母と子と渦を旋る冒険』
      本書が連作としてひとまとめにできるか迷ったのはこの作品のため。あまりに異質、あまりに変態的。どちらかというとホラーとしての、ぞわぞわした楽しみがあった。

      『海を見る人』
      世界設定と物語のバランスという点では、これと後の『門』がちょうどよかった。物語はちょっと男性側に都合がよすぎるかも。

      『門』
      よかった。しかけに気づいた時点で手塚治虫の『火の鳥』を思い出して、不安になりながら読み進めていったのだけれど、きれいに着地されていてほっとした。

      読了日:20170830

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        テッド・チャン『あなたの人生の物語』

         一見するとファンタジーにも思えるけれど、中身はしっかりSFな短編集。私たちはどこから来てどこへ行くのか、テクノロジーの発達もしくは未知との遭遇による世界認識の変容。発想力とそれをがっしり支える理論、読み手をぐいぐい引き込んでいく描写と物語が素晴らしい。
        『バビロンの塔』の美しい世界。『理解』の飛び越える感覚とどん詰まり感。表題作の主題と文体の必然性、認識が変容する瞬間の恐ろしさ。『七十二文字』の世界観と映像。そのあたりが好みでした。

        読了日:20170810

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          黄桃

           涼しげなガラスの器に盛りつけた、ドーム型の黄桃をフォークで刺す。あなたにもらった缶詰の黄桃。ぐにゃりとした抵抗があり、少し力をこめるとぶつんと貫通する。そのままフォークが抜けない。持ち上げてひっくり返してみると、まんなかの窪みに小さな肉色の蜥蜴。丸まった体勢で、四つ並んだ矛先の一本に胴を貫かれている。幼いころ家で見た人体についての図鑑を思い出す。もしくは高校の理科便覧に載っていた細胞分裂の図解。これは胎児、でも、誰の子どもだろう? 親指の先くらいの遺体を丁寧に取り除き、念のため触れていた黄桃の内側も削ぎとって、フォークを洗う。オレンジ色の胎盤とともに皿の上に摘出されたからだ、そこから突き出た手足としっぽ、ぶよぶよとした頭についている目らしき器官をしげしげと眺めながら、削いだ桃の残りの部分を切り分けて口に運ぶ。甘かった。


           次の週末に街を歩いていたら、あなたにばったり会った。やあ、とあなたは眠そうに片手を上げ、私はああとか何とか適当な返事をした。お茶でもどう、と言うので一緒に喫茶店に入る。白いシャツに黒いエプロン姿の青年に、アイスコーヒーと温かい紅茶を頼む。

          「このあいだはどうも」と私は切り出す。

          「このあいだって?」

          「桃を」

          「ああ」

           あなたは、そんなこともあったな、と言いたげな視線を斜めに投げた。カウンターの向こうでマスターがコーヒーを淹れる様子を眺めているのかもしれない。

          「あの桃だけど」

          「いや、悪かったね」

          「え?」

          「びっくりしただろう」

          「うん、それは、まあね」

          「俺にもよくわからんのだけど」

          「うん」

          「家内がね、どうしても送れって」

          「奥さんが?」

          「ああ。帰ったら突然、箱を出してきてさ」

          「あの桃、奥さんが買ったんだ」

          「そうみたいだな。俺も、なんで急にって聞いたんだけど、とにかく送れの一点ばりなんだよ」

          「今度、何かお返しを」

          「いい、いい。お中元ってわけでもないし」

          「そうなの?」

          「お中元なら缶詰じゃないんじゃないか、よく知らないが」

           エプロン姿の青年が近づいてきて、コーヒーのグラスと紅茶のカップを置いた。ごゆっくり。あなたはおもむろにストローを摘まんで引き抜くと、グラスを満たしている黒い液体のなかにするりと入りこませる。いつも思うことだけど、誰かがストローで飲み物を飲むとき、音もなく水位が下がっていくのを見るのは少し面白い。

           カップに唇を当てると、砂漠を吹く風のようなざらりとした香りと、丸く削られた岩の甘みが広がった。温かい紅茶が喉を流れていく感覚は、熱をもったからだによく馴染んだ。

           それからは二人とも一言も交わさなかった。店を出て、暗くなり始めた街を歩きながら私は言った。

          「桃、実はもう、いただいたの」

           そうか。あなたが返事をしたような気がしたけれど、それは気のせいだったかもしれない。あなたは私を見ていなかったし、声も届かなかったから。

          「おいしかった。ありがとうって、奥さんに伝えて」

           するとあなたはぴたりと足を止め、蔑むような、得体の知れない、異物を見るような目つきで私を見た。宵に沈んでいく街のなかで、その二つの眼だけがぎらぎらといつまでも光っていた。


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          * リスペクト:『桃』


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