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藤井大洋『Gene Mapper -full build-』

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 近未来遺伝子工学SF. webのスタイルシートのような形式で遺伝子設計が可能となっており、主人公は色や形、器官を含めて農作物をデザインするGene Mapperという職についている。
 VRやARが日常的に使われており、それらのギミックとしての面白さが切れ味のいいフックになっている。次にその技術の影響、登場人物の人生が翻弄される恐ろしさが描かれ、最終的に進化した技術とどう向き合っていくかに繋がっていく。インターネットが滅んでPDFが過去の遺物と化しているあたり、にやりとさせられた。後半の、知識を持たぬままに技術を使用する恐ろしさは身につまされる思いがした。
 登場人物が皆色々な意味で個性的で、彼らのやり取りだけでも読んでいて楽しい。好きな登場人物はダントツでキタムラ。

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    講演会

     美容室のような店に来ている。入口で、X氏の講演が急きょキャンセルになったことを知らされる。
     今日は代わりにA先生がおみえになりますが、参加されますか。
     頷くと、掃除中でコーヒーが淹れられなくて、ちょうどさっき淹れたのがお盆の上にあります、とのこと。お気遣いなくと断ったが、でも本当に誰も飲まないのでというのでいただくことにした。コーヒーは冷たくて酸っぱかった。仕事の話を少しだけした。
     時間がたつにつれひとが集まってきて、部屋は満員になった。隣に腰かけた女性に目をやると、あなた、ミナミ? と訊かれた。
     え?
     出身はミナミですか?
     その女性と以前会ったことがあるような気がした。たしか学生時代のバイト先の先輩の、そこまでは思い出せたが名前までは出てこなかった。記憶を探りながらじっと見ていると、やはり微妙に違うように感じられた。とびきり美人ではないが、微笑んだ顔が優しくてきれいなひとだ。
     あ、でも違うかも、いいとこのひとっぽいし、と彼女は言った。そうそう、と離れた席のT社長が唐突に会話に割りこんでくる。
     いやそんなことは。
     じゃあどこなの?
     今はキタですよ、隣の市の端っこです。
     昔は?
     実家はヒガシです。
     やっぱり。
     どうしてこのひとの「やっぱり」はこんなに美しく響くんだろう、と思った。どこかからだの奥のほうで双葉が開く感覚があった。
     彼女の笑みの向こうから、だって二年前って言ったらSちゃんが宗教にはまってた頃だから、とか、反対側から、アプリで呼んだタクシーに乗ったら明らかにタバコじゃない煙のにおいがして、とか言う声が聞こえる。場違いだっただろうか。A先生については名前くらいしか知らないというのに、勢いで参加するのは軽率ではなかったか。

     やがて、A先生がおみえになりました、という声が聞こえ、途端に部屋が静まり返った。どこにいらっしゃるのかと訝しんでいると、天井から部屋全体に影が落ちてきて、A先生が降りられたことが分かった。A先生は部屋にいる受講生の名前を一人ずつ呼びながら、細い管のようなものを伸ばして刺し貫いていく。Kさんは腕、T社長は首、Sちゃんは腹。
    「Eさん」
     隣に座る彼女の左目に管が突き刺さった。ああ、Eさんっていうんだ。
    「Yさん」

     どしゅっと音がした。気がして。額が割れた。割れて。めりめりと管が侵入する。じゅるじゅるわたしの中身が。吸い出されていく。
    「夕闇のなかで長く長くのびていく影、その頭部を誰かが赤いスニーカーで踏んでいた」。
     管に乗って。タンクのような腹部に取りこまれる。そこには皆が集められていて。
    「目の前にはどこまでも続く青い空、その下にそびえる赤茶けた山々、広い荒野をたった一本まっすぐに走る道」。
     わたしは、撹拌されていく。わたしは。まざりあってわたしたちになってしまう。
    「服を脱いで洗面台の前に立ち、左右でかたちの違う胸、傾いた腰骨、いびつに曲がる左肘をさする」。
     A先生は大きな口で。音も立てずに、わたしたちを飲み下す。講演が終わると満足げに三つの目を細め。わたしたちの脱け殻を見回し。ゆっくりと上昇する。

     会場を出るとわたしの脱け殻とEさんの脱け殻は、連れだってEさんの部屋に向かった。そして何を言うでもなく服を脱ぎ、わたしの脱け殻はEさんの脱け殻を抱いた。わたしの脱け殻はしきりに彼女の脱け殻の左目を舌で愛撫しようとし、彼女の脱け殻は執拗にわたしの脱け殻の額に口づけたが、お互いに決して満たされることはなかった。その様子をわたしたちはA先生の目から眺めていた。わたしはすでにEさんと繋がっていたし境界線がわからないほど混ざりあっていたので、二つの脱け殻が肌を擦り合わせくねくねと悶える様は滑稽でしかなかった。

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      筆跡

       ノートの筆跡が雨を呼んでいた。グラスに口をつけ、暗赤色のインクを啜る。柔らかくみずみずしい唇の端に滲んだ。頬の膨らみを鋭いハサミがじょきじょきと割いていく。傷口から溢れ出す筆記体、幾筋も流れ出す物語。
      「君は明日ここを発つ」。
      「彼女は降り注ぐノイズのなかで佇んでいる」。
      「水はきんと冷え透きとおっていて、顔を洗うとすっかり目が覚めた」。
      「列車の窓を伝う雨が、曇りも汚れもすべて洗い流した。やがて雲が口を開け、クリーム色の光が地面を優しく撫でた」。
       かすれて消えかけた文字の続きを、赤い花が彩りやがて腐り、赤い枯れ葉が積もりやがて砕け、爪の剥がれた指が辿っていく。筆跡は水晶の丘を越え、氷の輪を一周してもなお、ひたすらに螺旋階段を上り続ける。
      「振り向くと窓が空いていて、ひんやりした風がカーテンを揺らしていた。僕は窓辺に立って外を眺める。冬に褪せた草原が広がり、葉の落ちた木々が目を閉じて日ざしを浴びている」。
      「赤い傘で顔を隠して、」
      「朝露に濡れた緑の陰で、ひとり座って待っていた。何年も、何年も」。
      「ホームに降りると、なぜかこの街で最後だという予感がした」。
      「やっと見つけたよ、こんなところに隠れていたんだね」。
       君が生まれ、言葉を発し、成長し、出会い、別れ、消えるまでの合間。一滴の雫が、水面を波打たせ、蒸発し、雲となり、再び降り注ぐまでの、気の遠くなるような時間。
       濡れた指が、赤い糸で傷口を縫合する。それは肉に溶けてあなたの一部になるけれど、わたしはもうあなたの一部ではない。ハサミは錆びてぼろぼろに朽ちてしまった。皺だらけの顔が微笑む。グラスに残った最後のひとくちを飲み干す。エンドマークもなくノートが閉じられる。どのページもびっしりと君の筆跡で埋め尽くされている。

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        平山瑞穂『ラス・マンチャス通信』

         五つの章から構成される、歪な悪夢のような物語。
         とにかく鬱屈している。各章で、歪んだエピソード、歪んだ登場人物、歪んだ関係性が展開される。読み進めるうちに徐々に非現実的、幻想的なイメージが重なっていき、奇妙な浮遊感と比較的すっきりした不思議な余韻を残して終わる。どの章の結末も、物語はもう続かないのではないかと落ち着かない気持ちにさせられる。それでいてページを捲ると、何食わね顔をして再び歪んだ物語が始まる。歪で幻想的なエピソードが一層ずつ積み重なり、徐々に高さを増し、最終章でクライマックスを迎える。
         最終章まで読んで評価を転じた。悪趣味な映像が好みだったためと、ベタながら主人公の変化にぐっときたためだ。通勤電車内でにやにやしながら、ああこれをあのひとに薦めたいぜひ薦めたいと強く思った。しかしよく考えてみると、もともとがあのひとにオススメされた本だったかもしれない。

        読了日:20171112

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          河野裕・川端ジュン一『ウォーター&ビスケットのテーマ1 コンビニを巡る戦争』

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           面白かった。どちらかというと物騒な話だけど、登場人物に関するエピソードが丁寧に語られるからか、わりと静かな印象が残った。作中作を引用し合うやり取りが楽しい。タイトルからして話の軸になってくるんだろうけど、あらすじだけでも面白そうでずるい。共著がどう分担してるのか少し気になる。設定、監修と執筆か、それとも作中作と本編とか(さすがにそれはないか)。
           なんともいえず良い終わりかたをしているので早く続きが読みたい。

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