Page: /

さかさま少女

 昼間は誰もいないので、ただひたすらにぼんやりとしている。いぐさの敷き詰められた天井を眺める。床の下を流れていく雲を眺める。部屋の真ん中の照明、そこから真上に飛び出した紐を揺らして遊ぶ。こっそり地袋を開けてみたりする。床板の模様は叫ぶ顔のように見えて少し怖い。
 夕方になると半透明の女の子が現れる。天井から、さかさまに立った状態で部屋に入ってくる。
 女の子はさかさまの机で勉強したりさかさまのベッドで眠ったりする。彼女には僕が見えないらしい。何度かそっと触ってみようとしたけれど、僕の手は彼女のからだをすり抜けてしまった。ふわりとした温かさだけが掌に残った。

 ある晩、黒い男が部屋に現れた。男はベッドで眠る女の子に近づき、布団を剥がし、寝間着を乱暴に脱がせ始めた。目を覚ました女の子が叫ぼうとしたけれど、寝間着の両袖で口を縛られた。やめて、と女の子が唸った。おとうさんというのが男の名前らしかった。男は黙ったまま女の子の上にのしかかった。声のない悲鳴。
 その晩から、数日に一度の割合で男は部屋を訪れた。女の子はしばらく抵抗していたけれど、何度か叩かれてそれもできなくなった。男に犯されている間、女の子は中身がなくなったみたいな目をして虚空を見つめていた。

 ある日、女の子は体調がよくないのか、昼間でも布団に潜ったままだった。意識が朦朧としているのかもしれない、口もとまで掛け布団で隠して、焦点の合わない瞳を薄く開いている。その目がふとした拍子に僕を捉え、ほんの少しだけ見開かれた。そして、布団からゆっくり手を出し、細い指をひらひらと振った。僕は突然のことに驚きながらも、どうにか手を振り返すことができた。彼女はまた目を細めて、そのまま静かな寝息をたて始めた。
 それから女の子は昼間も部屋にいることが増えた。女の子は僕にいろいろなものをくれた。ピンク色のかわいい寝間着。茶色くて甘いさくさくしたもの。たくさんの小さな絵が描かれた本。それから名前。
 はじめは口をぱくぱく動かしているだけだったけれど、少しずつ、これあげる、とか、おいしい? とか、女の子の声が聞こえるようになってきた頃のことだ。
「あなたの名前」一冊の本を開きながら彼女は言った。「天井にいるから天井わらし。略して天ちゃん」
 天井にいるのは女の子の方なのに。僕は首を傾げた。

 夜になると黒い男がやってくる。そして女の子を犯す。僕はただそれを眺めている。空っぽの彼女を見ていると、なぜだか右手が震えるようになった。
「天ちゃん」
 男が出ていったあと、静まり返った暗い部屋で、女の子はいつも決まって僕を呼んだ。僕に向かって手を伸ばす。僕も女の子の方に手を伸ばす。相変わらず、僕の手は彼女の手をすり抜けてしまう。ふわりとした温かさを感じる。女の子が薄く微笑む。彼女も同じように温かさを感じてくれていればいいと思う。

 よく晴れた日の午後、女の子は窓から外を眺めていた。僕も膝立ちして窓を覗きこむ。あれが学校。女の子が指さす先に四角い建物が見えた。
 女の子はひらりと足を上げ、窓枠に腰掛けた。両足を外に出してぶらぶらさせている。僕も真似をして腰掛け、突き出た板に足をのせた。女の子の差し出した手は半透明ではなくなっていた。手を繋ぐ。白くてほんのり熱を帯びていて、僕の手をきゅっと握り返してくる。
 見下ろす空には雲ひとつなかった。鳥が数羽並んで泳いでいく。
 不意に女の子のからだが窓枠を離れた。つられて僕も窓から飛び出す。彼女はするりとからだから抜けて、落ちる僕についてくる。
 女の子と僕を閉じこめていた牢獄は、すぐに小さくなってどこかわからなくなった。
「天ちゃん」と隣で彼女が囁く。「私たち、どこに行くの」
 黙って彼女を見る。彼女の瞳のなかに僕の姿を見つける。長い髪が風にあおられて踊っている。なんだか女の子みたいな格好してるな、と僕は思う。
 ふたりで手を繋いだまま、青い空をどこまでも落ちていく。

JUGEMテーマ:小説/詩



*
the upside-down girl - their fantasy in the prison -
合わせて:天井わらし
0

    | 部屋 | comments(0) |

    スポンサーサイト

    0

      | - | - |

      Comments









      << 旗を立ててばかりいる | main | いないいない >>