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布団カバーといくじなし

 インターホンが鳴る。Kだった。左手に近所のホームセンターのビニール袋を提げている。
「よう」と不機嫌そうな顔で言うK。
「や」と無理に笑顔を作る僕。「とりあえず、上がってよ」
「……部屋は大丈夫なんだろうな」
「大丈夫って、何が?」
「片付けてあるんだろうな」
「あー……ほとんど、できてない」
「おい。さっきメールで今から片付けるって言っただろーが」
「うん。いや、実を言うと昨日、くたくたで帰って布団の上で力尽きたんだ」
「それがどうした」
「風呂に入る気力もなかった」
「ほお、それで?」
「で、メールで起こされた」
「“起こしてもらった”だろ」
「……起こしてもらって、メール返して、風呂に入ってないこと思い出して、まず風呂に」
 バシッ! 袋が顔に当たる。けっこう痛い。
「片付けるために時間くれって言ったのは誰だ。俺がどれだけ待ったと思ってやがる」
「えーと、三十分くらい?」
 ぶん! 間一髪、空を切る右ストレート。速さがしゃれになってない。
「わかった、悪かった、ほんとにごめん」必死に頭を下げる。
「わかればいい」と言いながら、目が怒ったままだ。
 Kはブーツを脱ぎ、低姿勢の僕を押しのけるようにして部屋に向かう。入り口の戸を開けて立ち止まる。
「……掃除機出せ」
「へい」
 なんだか毎回恒例になりそうだな、と自分のだらしなさを棚に上げながら、畳の上を埋め尽くすCDやら本やらを踏まないようにして進み、押入れから掃除機を取り出す。

 CDと本の山に立ち向かおうとしたまさにその時、
「おい」とKの声。
「はい?」
「まずこれ片付けろ」布団を指差す。どうやら、手っ取り早く足場を作りたいらしい。
「ってか、まだカバー破れたままなのかよ」
「あー、うん。買いに行くの面倒くさくて」
「……ほれ」Kが、持っていた袋を僕に投げた。驚きながらもキャッチする。
「え?」
「あけてみろ」
 そこには、布団カバーが入っていた。
「……なにこれ」
「新しい布団カバーだ」
「それは見ればわかる」
「待ってる間に買った。やるよ」
「そういうことじゃなくて……なんで、よりによってピンクで花柄なんだ」
「なんか文句があるのか? 待たされてた間にわざわざ買ってきてやって、しかもタダでやると言ってるのに」
「……いえ、ないです」
 これからずっと可愛らしい布団で眠れというのか。これが寝坊した罰だというのか。なんて恐ろしい罰だ。
「じゃあほら、さっさと換えろよ。破れてるの取るぞ」
「いや、あとで自分でやるよ」遠まわしに拒否してみる。
「なんでだ。せっかく買ったんだから、つけたとこを見たい」無駄だった。頑固だった。
 てきぱきと破れたカバーをはがしていく。さっきまでのむすっとした表情から一変して、明らかにニヤニヤしている。なんて奴だ。
「にしても、ほんとにぼろぼろだな、これ。どういう使い方したんだよ」
「戸で何回か挟んだんだ」
「ひでー奴だな。もっと大切にしろよ」
「それでもずいぶん長かったぞ。十年以上は使ったはずだ」
「ふーん」カバーをはがし終わって、たたみ始めるK。だが、すぐに手を止めて顔をしかめた。
「このカバー、なんか臭いぞ」
「あー……最近洗濯してなかったからなあ」
「げっ、どれくらい洗ってないんだよ」
「かれこれ……半年以上」
 ばふっ、と顔面に布団カバーが飛んできた。
「あとはお前がやれ」
 たしかに臭い。さっきまでこれにくるまっていた自分も同じにおいを放ってないか、少し不安になった。

 とりあえず後で捨てるということで、カバーを邪魔にならないところに置く。そのまま布団をたたもうと前かがみになる。
 かしゃ、という音と共に、こめかみに何かが当たった。強く押し付けられるそれを横目で確認する。なんでKがこんなものを持ってるんだ。
「……おい、何の真似だ」
「見ての通りだ。動けば撃つ」
 嘘だ。このままだと、動かなくても撃たれる。Kの人差し指が、引き金を引きたくてうずうずしているのが分かった。なすすべもなく、ゆっくり両手を上げる。なかなかつらい体勢だ。
「冗談だろ? 俺たちは仲間じゃなかったのか」軽くひきつった笑みを浮かべながら言う。
「はっ! 寝坊しておいてよく言う」どうやらまだ根に持っているらしい。
「……お前は丸腰の人間を撃つのか」
「まあ、運がなかったと思え」
 情け容赦ない言葉。冷酷極まりない眼差しで僕を見下すK。うーん、こいつ本当にこういうの似合うよな、などと考えた矢先、
 ブシュッ
 飛沫が散った。
「うっわ! 本当にかけるし!」慌てて服の袖で顔を拭う。「普通かけるか? しかも顔に」
「除菌と消臭してやったんだ、ありがたく思え」
「思えるか! 消臭するのは布だろ。ほら、ちゃんと“顔にかけないで下さい”って書いてあるし。目に入ったらどうするんだ」
「“目に入った場合は、水で十分洗い流して下さい”」
「読むな!」
「うるさいな……。寝坊したくせに偉そうに。何様のつもりだ」
 くっ……いつまで責められなければいけないんだ。全面的に僕が悪いとはいえ、そろそろしつこいだろう。
 ところで、と僕はKが持っているファブリーズを指差しながら言う。
「それ、どこから出したんだ?」
「転がってた」
 しまった、僕としたことが。こういった凶器は、Kの手の届かないところにしまっておかなければ。

 結局、布団カバーはつけずに掃除を再開した。「掃除する前につけたら、せっかくの新品がホコリを被っちゃうだろ」という説得が功を奏したのだ。内心ほっとしつつ、花柄のカバーは封印しようと決心する。Kには悪いが、あとでもっとシンプルなものを買ってこよう。薄い緑とかいいかもしれない。
 布団を片付け、部屋の中の物を隅にまとめ、軽く掃除機をかける。
「ふう……ま、こんなとこでいいだろ」
 掃除機をかけ終わったKが、前にも聞いたような台詞を言った。掃除機を片付ける。換気のために開けた窓から冷たい風が入り込んできて、少し寒い。
「悪かったな、また掃除してもらっちゃって」
「まったくだ。来るたびに掃除してるぞ」苦笑いしつつ言うK。
「さて……どうしようか。そもそも、どうしてうちに来るって話になったんだっけ?」
「暇だったからだ」
「暇つぶしかよ……」それなら寝坊しても大目に見てくれればいいのに、と思っても言わない。代わりに、「ま、とりあえず茶でも飲むか」と言って部屋を出た。後ろから「コーヒーがいい。ブラックで」と声が追ってきた。
 やかんを火にかける。カップ二つにインスタントコーヒーを入れて湯が沸くのを待つ。そういえばココナッツサブレがあったな。沸いたお湯をカップに注ぐ。一つはブラック、もう一つは砂糖2杯とミルクを入れて。カップ二つとココナッツサブレを持って部屋に戻る。
 戸を開けると、目の前にピンクのお花畑が、いや、花柄の布団が現れた。
 ショックでひざが折れ、危うくコーヒーをこぼしかける。なんだ、僕の部屋で何が起こっているんだ。女の子の部屋ならともかく、成人男子の部屋にあってはいけないものがあるぞ。カバーで見るのと実際布団につけて見るのとでは衝撃が段違いだ。瀕死状態になりつつも、机を目指す。指が震える。落ち着け自分。なんとか机にたどり着き、ゆっくりとコーヒーを置く。
 おそるおそる振り返ると、Kが布団にくるまって寝息を立てていた。
 なんなんだ、この状況は。なんでこいつここで寝てるんだ? それからこれ、今や全く以前の面影を残してないけど、僕の布団だよな? 僕がコーヒーをいれている間に、気づかれないよう布団カバーを替えたのか。おそるべき手際。ああもう何を感心してるんだ僕は。
 ……とりあえず、起こすか。
 少しためらいながらも、「おーい」と声をかけてみる。
「ん……」Kの口から声がこぼれる。起きるか?「んん……」
 ごろん。寝返り。
 起きない。それどころか、寝息が少し大きくなった。どうやら熟睡しているようだ。思わず、じいっと非難の目を向ける。
 そうしていて、ふと、Kの寝顔を初めて見ていることに気づいた。どこか子供っぽくて可愛らしく見えるのは、無防備だからだろうか。いつも少し鋭い目が、閉じられているからだろうか。それとも布団カバーのせいだろうか。ピンク色も花柄も意外なほど似合っている。普段は黒っぽい服ばかり着ているけど、こんなに似合うんだし、もっと明るい色の服を着たらいいのに。そんなことを考えて、なぜか落ち着かない気分になった。なんか、脈が速い。
 ごまかすように、もう一度「おーい」と声をかけてみる。
「コーヒー冷めるぞー」
「ん……」起きない。
「起きろー」彼女の顔に人差し指を近づける。ふに、と柔らかいほっぺたの感触。
「んんー……」眉が寄る。お、起きるか?
 ごろん。やはり起きない。
 ああもう。どうしろっていうんだ。
 ゆっくり顔を近づける。彼女がもぞもぞと動く。長い髪の毛が揺れ、ふわ、といい匂いが鼻をくすぐった。頭がぼうっとする。閉じられたまぶた、長いまつげ。吐息。小さめの唇。
 髪のかかった耳に、口を寄せてささやく。
「起きないと、襲うぞー」




「できるもんならやってみろ」

「!」
 思わず顔を離す。目を薄く開いてみせるK。固まっている僕に向かって、「ふっ」と笑う。
「起きてたのかよ、ってか、鼻で笑うんじゃ……」
「いくじなし」
 ぼっと何かに火がついた、ような気がした。
 彼女は、上目づかいでぺろっと舌を出して、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。そしてまた目を閉じる。本当に眠っているのか、眠った振りをしているのかわからない。
 顔が熱い。頬も耳も見えないのに、赤くなっているのがわかる。どうやらさっきから燃えているのは僕の顔面らしい。
 彼女から視線を外す。テーブルに置いたコーヒーに行き着く。口に含むと、甘ったるい味が広がった。もうすっかり冷めてしまっていた。

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    掃除とみかん

     インターホンが鳴って、ドアを開けると、そこにはKが立っていた。
    「よう」とKが言う。
    「なにしにきた」と僕。
    「遊びに来たんだよ」
    「連絡もなしに?」
    「そうだ。部屋上がらせろ」
    「……」少し考える。「いいけど、汚いよ」

    「うわ」とK。「きたねー」
    「だからそう言っただろ」
    「おいおい、布団敷きっぱなしじゃねーか」
    「万年床ってやつだ」
    「机が物置になってるぞ」
    「それは机の形をした物置なんだよ」
    「なんで床の間に望遠鏡が置いてあるんだよ」
    「お茶目だろ」
    「どこがだよ。可愛く言ってんじゃねーよ」
    「……まあ、入れ」
    「……どうやって?」
     入り口付近には足の踏み場がない。畳の上で積み重なった本のコロニー。やはり積み重なったCDのコロニーと場所取り合戦中。穴の開いた鞄。よくわからないたくさんの袋。上着。靴下。
    「まあ適当に」これが僕の口癖だと、最近気づいた。

    「掃除機あるか」とK。
    「は?」
    「掃除機。掃除機出せ」
    「なにすんの?」
    「掃除だよ」
    「ここ、僕の部屋だぞ」
    「知ってるよ。遊びに来てやった俺が、わざわざ掃除してやろうって言ってんだよ。さっさと掃除機出せ。さもないとこのCDの命はないぞ」
     Kはこの間買ったばかりのCDの上に足を上げた。
    「やめろ〜、やめてくれ〜」
    「ほれほれ、さっさと出さんかい」
     僕は、なんだか妙なことになったな、と思いながら押入れから掃除機を出す。
    「布団上げろ」
    「へい」
    「……てか、この布団、カバー破れて中身はみ出てるじゃんか」
    「うん」
    「換えろよ」
    「換えがないんだよ」
    「買い換えろよ」
     布団をばさばさと払うと、およそ数ヶ月分の埃が舞い飛んだ。僕もKも、くしゃみと鼻水が止まらなくなる。「窓開けろ窓ー!」「へくしっ!!」「やめろー、その布団をはたくのやめろー」しばらく二人で、鼻水地獄ごっこに興じる。

    「おいなんだよこのビニール袋! 本とマンガでいっぱいじゃんか。本棚に入れろよ本棚に」
    「おいなんだよこの制汗スプレー! もうそんな季節じゃねーだろ」
     Kは僕の部屋の全てに文句をつけながら片付けていく。僕は僕で、「本棚がいっぱいなんだよ」とか「今年の夏に使い切れなくて、来年までとってあるんだよ」とか答えながら、Kに触られたくないところを片付ける。
    「このレコードプレーヤー、どうしたんだ」
    「親父が聴けって置いてったんだよ。アンプがないから怖くて聴けない」
    「なんでレコードが怖いんだ。饅頭じゃあるまいし」
    「なんで饅頭が怖いんだよ。そのままだと、音量を30とかにしないと聞こえないんだ。間違えてMDとかCDに切り替わったら、耳が死ぬ」
    「なるほど……。あれ、『空の境界』あるじゃん。読んだ?」
    「今読んでる。上だけだけど」
    「下も買えよ」

     掃除機のスイッチを入れる。ぶおおおおんと唸りながら畳の上をすべる。
    「ほんときたねーな。髪の毛とかどんだけ落ちてんだよ……ってうわ、何この埃の塊!」
    「埃もコロニー作るんだな。一致団結・協力し合って生きているんだ」
    「擬人化するな!」
     非情にも掃除機に吸い込まれる埃たち。
    「きゃー」
    「うわー」
    「吸い込まれるー助けてくれー」
    「やかましい! 台詞つけんな!」

    「ふう……ま、こんなとこでいいだろ」と言って、掃除機のコードを巻くK。物を隅にまとめて掃除機をかけただけだったが、部屋がかなり広くなったように感じる。
    「よし、これで大掃除も終わりだな」
    「これで終わるなよ。こんなんせいぜい小掃除だろ」
     座布団もない部屋で、畳に座り込むKと僕。「なんかかけよーぜ」とKが言って、コンポのスイッチを入れる。MDの山を漁って一枚選び出し、コンポに入れて再生。スピーカーから飛び出してきたのは、トランペットとピアノの音だった。
    「ジャズ聴くのか」
    「いや、どんなのかなと思っていくつかレンタルしたんだ。ジャズのMDはそれ一枚だけ」
     しばらく二人でぼんやりする。
     掃除してもらってお礼もなしじゃ悪いだろうと思い、僕は部屋を出る。なぜか玄関に置いてあるダンボールから、みかんを二つ取って戻る。
    「なんかさ」とKが言う。「聞いてると酒が飲みたくなるよな、ジャズって」
    「悪いけど酒はないよ。こんなもんでよければ」僕はみかんを放る。
    「さんきゅー」
    「もらいもんだけどね」
     お歳暮に頂いたみかんは、有機農業で育てられたものだとかで、届いた時三分の一くらい傷んでいた。大きさも小ぶりなんだけど、とにかく甘くて美味しい。
    「これうまいなー」
     二人でみかんを食べていたら、畳の上にみかん色の光がこぼれていた。換気のために開けた窓から西日が差している。もう夕方なのか。ついこのあいだ冬至だったからか、本当に日が沈むのが早いな。
     ふと見ると、Kの髪にも夕日が当たっていた。光沢のある長い髪の毛に反射して、一瞬、みかん色の羽根が生えているように見えた。
    「……なんだよ」
    「いや、なんでもない」

    「じゃ、俺そろそろ帰るわ」
     みかんを食べ終わって、空も暗くなり始めた頃、Kが言った。
    「そうか」
    「まったく、何しにきたんだかわかんねーな」
    「遊びにきたんだろ」
    「いや、掃除しにきた感じだ」
    「ああそうだ」玄関で、ダンボールからみかんを数個取り出す。「持ってけ」ビニール袋に入れて渡す。
    「やった。これで今年はみかん買わなくてすむ」
    「傷みやすいから気をつけろよ」
    「おう。じゃーな」
     僕はブーツを履いて出て行く彼女を見送った。もこもこした毛の上着を着た後姿は、ちょっと可愛かった。

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