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テッド・チャン『あなたの人生の物語』

 一見するとファンタジーにも思えるけれど、中身はしっかりSFな短編集。私たちはどこから来てどこへ行くのか、テクノロジーの発達もしくは未知との遭遇による世界認識の変容。発想力とそれをがっしり支える理論、読み手をぐいぐい引き込んでいく描写と物語が素晴らしい。
『バビロンの塔』の美しい世界。『理解』の飛び越える感覚とどん詰まり感。表題作の主題と文体の必然性、認識が変容する瞬間の恐ろしさ。『七十二文字』の世界観と映像。そのあたりが好みでした。

読了日:20170810

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    黄桃

     涼しげなガラスの器に盛りつけた、ドーム型の黄桃をフォークで刺す。あなたにもらった缶詰の黄桃。ぐにゃりとした抵抗があり、少し力をこめるとぶつんと貫通する。そのままフォークが抜けない。持ち上げてひっくり返してみると、まんなかの窪みに小さな肉色の蜥蜴。丸まった体勢で、四つ並んだ矛先の一本に胴を貫かれている。幼いころ家で見た人体についての図鑑を思い出す。もしくは高校の理科便覧に載っていた細胞分裂の図解。これは胎児、でも、誰の子どもだろう? 親指の先くらいの遺体を丁寧に取り除き、念のため触れていた黄桃の内側も削ぎとって、フォークを洗う。オレンジ色の胎盤とともに皿の上に摘出されたからだ、そこから突き出た手足としっぽ、ぶよぶよとした頭についている目らしき器官をしげしげと眺めながら、削いだ桃の残りの部分を切り分けて口に運ぶ。甘かった。


     次の週末に街を歩いていたら、あなたにばったり会った。やあ、とあなたは眠そうに片手を上げ、私はああとか何とか適当な返事をした。お茶でもどう、と言うので一緒に喫茶店に入る。白いシャツに黒いエプロン姿の青年に、アイスコーヒーと温かい紅茶を頼む。

    「このあいだはどうも」と私は切り出す。

    「このあいだって?」

    「桃を」

    「ああ」

     あなたは、そんなこともあったな、と言いたげな視線を斜めに投げた。カウンターの向こうでマスターがコーヒーを淹れる様子を眺めているのかもしれない。

    「あの桃だけど」

    「いや、悪かったね」

    「え?」

    「びっくりしただろう」

    「うん、それは、まあね」

    「俺にもよくわからんのだけど」

    「うん」

    「家内がね、どうしても送れって」

    「奥さんが?」

    「ああ。帰ったら突然、箱を出してきてさ」

    「あの桃、奥さんが買ったんだ」

    「そうみたいだな。俺も、なんで急にって聞いたんだけど、とにかく送れの一点ばりなんだよ」

    「今度、何かお返しを」

    「いい、いい。お中元ってわけでもないし」

    「そうなの?」

    「お中元なら缶詰じゃないんじゃないか、よく知らないが」

     エプロン姿の青年が近づいてきて、コーヒーのグラスと紅茶のカップを置いた。ごゆっくり。あなたはおもむろにストローを摘まんで引き抜くと、グラスを満たしている黒い液体のなかにするりと入りこませる。いつも思うことだけど、誰かがストローで飲み物を飲むとき、音もなく水位が下がっていくのを見るのは少し面白い。

     カップに唇を当てると、砂漠を吹く風のようなざらりとした香りと、丸く削られた岩の甘みが広がった。温かい紅茶が喉を流れていく感覚は、熱をもったからだによく馴染んだ。

     それからは二人とも一言も交わさなかった。店を出て、暗くなり始めた街を歩きながら私は言った。

    「桃、実はもう、いただいたの」

     そうか。あなたが返事をしたような気がしたけれど、それは気のせいだったかもしれない。あなたは私を見ていなかったし、声も届かなかったから。

    「おいしかった。ありがとうって、奥さんに伝えて」

     するとあなたはぴたりと足を止め、蔑むような、得体の知れない、異物を見るような目つきで私を見た。宵に沈んでいく街のなかで、その二つの眼だけがぎらぎらといつまでも光っていた。


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    * リスペクト:『桃』


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      | 一話完結 | comments(0) |

      小川一水『老ヴォールの惑星』

      『ギャルナフカの迷宮』・表題作・『幸せになる箱庭』『漂った男』の中編四作品が収められている。
       よかった。いつ死ぬかわからない極限の地下、あるいはいつまでも死ねない無限の海原。説得力のある不条理な現実のなかで生きる登場人物たちの力強さ。ストレートな文体がするりと入ってきて共感を呼び、久しぶりにのめりこんだ。
       おすすめはなんといっても『漂った男』。主人公はただひたすら漂っているだけなのに、続きが気になって仕方がない。恐怖をいなそうとして冗談まじりで語られる絶望的状況、その軽さがずっしりと重い。社会性の喪失という意味での遭難、狂気が適応のひとつの形というのは新しい発見だった。
       どちらかと言うと男性向けかなと感じられる箇所もあり(私が気にしすぎなだけかもしれないが)、そういった点で合う・合わないはあるかもしれないけれど、誰かに薦めたい一冊。
      読了日:20170712くらい

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        森博嗣『すべてがFになる』

         電子で読んだ。『封印再度』、『スカイクロラ』から『女王の百年密室』を読んだあと『四季』を四冊読んで、本書を未読だと言ったら順番がおかしいと呆れられた。浅田寅ヲさんのマンガは読んでたから許してほしい。
         既読作品を思い返すと妙な気恥ずかしさがあり、学生向けなのかなとか了見の狭い感想を抱いていたけれど、本書はさすがというか、無駄を感じさせないし尖ってるなあと思った。予想していた以上に楽しかった。
         読了後、久しぶりにコミックを取り出して読んでみたら真摯な作りで驚いた。また違った面白さがある。私にしては珍しく、いいコミカライズだと思った。好きな漫画家で、コミックから入ったからかもしれない。

        読了日:20170629

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          『BLAME! THE ANTHOLOGY』

          評価:
          九岡望,小川一水,野崎まど,酉島伝法,飛浩隆
          早川書房
          ¥ 907
          (2017-05-09)

           執筆陣確認して即購入決定でした。夢かと。

          九岡望『はぐれ者のブルー』
           珪素生物かわいいその一。一冊楽しく読めたのも、この一作品目がうわー、すげー面白いって思わせてくれたのが大きい気がする。

          小川一水『破綻円盤 -Disc Crash-』
           珪素生物かわいいその二。エロい、変態、いい意味で(いい意味で?)。『NOISE』まで組まれてる印象で読み応えがあった。
           閉塞感、懊悩、停滞している存在のもどかしさが前面に出ていて、ああ原作の爽快感は霧亥が決して止まらないから、超構造体もぶち抜いて進む力によるものだったんだなと改めて思った。

          野崎まど『乱暴な安全装置 −涙の接続者支援箱−』
           決め台詞はテンション上がる。肉感あふれる異形の描写は、『BLAME』より『バイオメガ』っぽいなと思ったりもした。結末はちょっと投げやりな印象。著者のコメントには激しく同意します。

          酉島伝法『堕天の塔』
           まさかのあのキャラにスポットを当ててくる著者のセンスのよさ。ミルフィーユみたく何層も挿し込まれるエピソードに酔う。境界が曖昧になっていく感覚がよかった。
           それにしても皆さん漬汁屋好きすぎじゃないですか。

          飛浩隆『射線』
           飛先生の文章に触れるのは久しぶり。飛行機の前面に顔つけちゃうあたりとか、相変わらず変態だなー(称賛)と思った。例の二音、カタカナのルビにニヤリとする。一連のなかでは一番遠くまでふっとばしてもらいました。

          読了日:20170609

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