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宮内悠介『アメリカ最後の実験』

 近未来(平行世界?)SFミステリ音楽バトルもの。
 直近に読んでいた『彼女がエスパーだったころ』に比べて改行が多く、地の文も短く感じた。テンポがよくて読みやすい。なのに半分くらい読んだとき、まだ半分かと驚いた。単に私が読むのが遅いと言われればそれまでなんだけど、一ページあたりの情報量が多いのではないかと思う。物語の緩急、描写の濃淡、それらのバランスが秀逸で、没入感が半端ない。登場人物が多めなのに、その一人一人の生い立ち、背景までしっかりとスポットが当てられている点もあるだろう。濃密だった。

 多くのひとはアメリカと聞いて何を思い浮かべるだろう。自由の女神? 摩天楼? グレートキャニオン? ラスベガス? 自由で、広大で、華々しくて強い、そんなイメージだろうか。
 この本ではそういった姿はあまり描かれていない。例えば、田舎の、型で抜いたみたいに同じ形の小さな家。中華料理屋やらタバコと酒屋やら、ボロくて小さな店の並んだ区画。人気のない汚れた通り。そこで孤独と向き合いながら暮らす人々。
 作者の描く人物はデビュー作から一貫していて、みな孤独と弱さを抱えながら必死にもがき、前へ進もうとしている。私はその姿に何度も心打たれてしまう。

 個人的に印象的だったのは、脩が試験の前にあるピアノ曲を思い出す下り。「さびれた団地の商店街のワゴンセールで、投げ売られたのを買った」という一文が、ざらりとした背景の手触りを感じさせて良い。あとはマッシモの過去話で、酒屋で酒を包む茶色い紙袋が好きというところ、「わかる」と思った。わかるはずなんかないのに、それでも。

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    米澤穂信『真実の10メートル手前』

    『さよなら妖精』の登場人物、太刀洗万智が大人になり、記者として真実に向き合おうとする姿を第三者の視点で描く短編集。

     最高だった。『さよなら妖精』が好きなひとに片っ端から薦めたい。とにかく『ナイフを失われた思い出の中に』を読んでほしい。思わずくすりとさせられる、日本語で書かれた英語会話の妙。事件の謎や語り手との会話を通じて明かされる太刀洗女史の姿勢。語り手の、彼女に対する感情の変化と妹の思い出。うまく言語化できないが、通勤中に読みながら危うく涙しそうになってしまった。
    (もし本作を先に読まれた場合は、ぜひ『さよなら妖精』を読んでいただきたい。このお薦め自体がネタバレだけど。)

     収録されている六編は、すべて太刀洗女史の隣に立つ第三者が語り手になっている。彼女は背が高く鋭い目つきをしていて、基本的に無表情で、冷たい印象がある。そのなかで、時折見せるかすかな笑みに不器用さを感じるし、声を荒げ、思わず感情を表に出す姿が、鮮やかなコントラストを伴って突き刺さる。どの作品でも、彼女の人となりが魅力的に描き出されている。
     太刀洗女史の直面する事件はどれも救いがない。しかし、事実に向き合い真実を見出だそうとする彼女の姿こそが、ひとつの救いなのではないかと思う。

     それにしてもこれ、『王とサーカス』より後の話なのね。実は『王とサーカス』今から読むんですよ。完全に順番を間違えた……。

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      水槽

       板張りの床。ふかふかとした毛のカーペットの上に木のテーブルと椅子とが置かれ、生なりのテーブルクロス、シンプルなカップと小皿が、天井から下がった橙色の電灯で照らされている。まるで紙でできているみたいな、深緑色のランプシェード。右手の壁には一枚の風景画が掛けられ、その下には二人掛けの紺色のソファ。左手の壁には窓、白い窓枠、薄緑色の分厚いカーテンは閉まったまま。
       僕は椅子に腰掛けている。
       目の前の椅子に座る彼女を見ている。
       彼女は微動だにしない。白いブラウス、両腕をテーブルにのせ、左手の細い指を、コーヒーの入ったカップの取っ手にかけている。長い髪。ほんのわずかに細められた目、その青い瞳。ほんのわずかに傾いだ首。今にも開きそうな唇。

       巧妙な隠蔽工作をした上でプライベートルームに招き入れたつもりだった。けれど訪れた彼女は1ミリセカンドで僕の底まで見透かして笑った。
      ――それで、ここで私をどうするの? 犯すの? 侵すの? 壊すの? 殺すの?
       その瞬間に僕は食われてしまったのだと思う。いや、と口にして二の句は次げず、茫然と立ち尽くすバックグラウンドで、自らの浅はかさに対する羞恥と憤りと薄汚い欲望の残滓をログに記録するだけの機械に成り果てた。
      ――座りましょうよ。
       もはや主導権を握る指もない。彼女は僕の手を取ると椅子まで誘導し、自らも席についた。その椅子に僕が仕込んだ、ありとあらゆる猥雑な仕掛けはどれひとつとして作動しなかった。それはただの椅子、すでに彼女の椅子だった。
       代わりに僕は座った椅子に拘束されていた。革のベルト、鉄の鎖、刺のある蔦、プラスチックのコードが、首も胸も腰も腿も固定した。
      ――それで、
       彼女は左手でカップを持ち上げて囁いた。
      ――君は私にどうしてほしいの? 犯されたいの? 侵されたいの? 壊されたいの? 殺されたいの?
       その声は僕の左の耳もとで肉を食いちぎるように響く。右の耳から細い針が刺し入れられ、脳まで達し、ぐるぐると中身を撹拌され、あ……あー……という意味のない呻きがログに、鼻血が上唇に、涎が口の端から顎に、小便が服を濡らして床に垂れ流される。
       そしてそのイメージも、テーブルクロスが引かれるように一瞬で取り除かれる。僕の無様な呼吸音だけが部屋に散らばる。
       彼女が右の掌を開いて見せる。
       テーブルの真ん中に立体映像が表れ、ゆっくりと回転する。部屋のミニチュア。白い壁、白い床、水槽のような白いポッドの、側面から伸びる生命維持管と排泄管、薄青色の液体の中で浮遊するぶよぶよした脂質の塊、ラベルに刻まれた僕の製造番号。
       彼女の指がポッドの内部の肉塊に絡みつく。
      ――素敵な部屋ね。完結している。
       彼女が右手を返すと立体映像は消失した。
      ――でも私、君の相手ができないくらい暇なの。
       僕はどうにか右手を動かそうとする。動かない。
      ――だからひとつだけどうでもいいことを教えてあげる。
       僕はどうにか右目を閉じようとする。閉じない。

      ――これから先の君のログは見当たらなかった。

       さよなら、と彼女が口にしたような気がした。ぶつん、と音が聞こえた気がした。けれどすでにログを辿る権限も剥奪されていたし、ドアは開く機能を失っていた。

       静止した彼女を眺めながら僕は自分に起こったことを考える。
       僕は部屋ごと彼女に乗っ取られ、外部接続を切断された。おそらく管理機構には正常信号を送信し続けるよう書き換えられているのだろう。資源の過剰投与を誤魔化すくらい、彼女にとっては容易に違いない。
       室内において五感は根こそぎ奪われている、それは、肉塊と化すほど腕を破壊しても、何も感じられないこと、喉から血が出るほど叫び続けても、何も聞こえないこと、からも明白だ。
       つまり、僕は、僕の、肉体に、閉じ込められた。
       時間、感覚、だけが、いたずらに、残されて、いる、目の、前には、ひたすらに、続く、空白が、何日、何年、何十年、何百年、、、、、、、、

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      Aquarium - his brain in the locked room -
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        柴崎友香『春の庭』

        評価:

        柴崎 友香
        文藝春秋
         ¥ 691 
        (2017-04-07)


        『春の庭』

         場所や空間を主題に据えることの多い作者の、場所と空間の話。

         読みながら違和感があったんだけど、人称がおかしいことが理由だった(解説を読んで再認識した)。登場人物が語るようでいて、途中から不意に視点が移動する。なんとなく幽体離脱ってこんな感じなのかなと思う。見ているはずのないシーンを見ている。その距離感がざわざわする。これは喪失の物語なのだと直感的に思う。けれど何が失われているのか、誰が喪われているのか、はっきりとわかっていない。

         太郎と西が水色の家に乗り込んでいって、西に対して太郎が「ここまで必死なひとのために何かしなくては」と駆られるシーンは読んでいて可笑しかった。


        『糸』

        『春の庭』よりはっきりと喪失を題材にしているが、重点はそこには置かれていない。かといってどこにあるのかが読めていない。ベランダに立つ女を見るシーンは、『見えない』に通じる怖さがある。中盤のイメージと後半の緊張感が印象的だった。


        『見えない』

         これも語りに違和感がある。「住人が」という人称は、主体が部屋で、人を部屋の付属物のように感じさせる。これも幽霊のようだ。語り手はスマホを持っていない、ネットに繋いでいない。生活感を取り除かれたマンションの窓の描写が不気味で、図鑑に載っていない謎の木だけがやけに色鮮やかだ。幽霊が幽霊を見る、最後のシーンがすばらしい。


        『出かける準備』

         いつもの場所がイベントによって全く異なる場所に変容する。場所を移動することが、そのまま登場人物の心情とリンクしている。こうして書くと当たり前のことのようだが、どうしてこうも新鮮に感じられるのだろう。場所を移り変わる合間に私たちは会い、話をする。そうしてまたそれぞれの場所へ移っていく。登場人物はスマホを操るし、飲み食いするし、幽霊ではなかった。


         本筋にはあまり関係ないけど購入したのはKindle版です。読んでいたら、未読なのに二箇所ほどマーカーが引いてあってびっくりした。


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          杜昌彦『悪魔とドライヴ』

          評価:
          Array
          人格OverDrive
          ---
          (2018-03-01)

           よかった。気づいたら半分過ぎてて、え、ここからどうなるのってなったけど、後半の疾走感に引っ張られ、結末まで目が離せなくて一気に読んだ。
           不気味で得体が知れない登場人物。歪んだ精神、狂気、どろどろした肉体関係も淡々と描かれていく。どこか諦念を含んだ冷めた視点は作品全体に通じているけれど、特に主人公とヒロインに沿うとき、人物に馴染むように色濃く感じられた。そこからクライマックスに向けて高まっていく危うい熱の対比がすばらしい。

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