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筆跡

 ノートの筆跡が雨を呼んでいた。グラスに口をつけ、暗赤色のインクを啜る。柔らかくみずみずしい唇の端に滲んだ。頬の膨らみを鋭いハサミがじょきじょきと割いていく。傷口から溢れ出す筆記体、幾筋も流れ出す物語。
「君は明日ここを発つ」。
「彼女は降り注ぐノイズのなかで佇んでいる」。
「水はきんと冷え透きとおっていて、顔を洗うとすっかり目が覚めた」。
「列車の窓を伝う雨が、曇りも汚れもすべて洗い流した。やがて雲が口を開け、クリーム色の光が地面を優しく撫でた」。
 かすれて消えかけた文字の続きを、赤い花が彩りやがて腐り、赤い枯れ葉が積もりやがて砕け、爪の剥がれた指が辿っていく。筆跡は水晶の丘を越え、氷の輪を一周してもなお、ひたすらに螺旋階段を上り続ける。
「振り向くと窓が空いていて、ひんやりした風がカーテンを揺らしていた。僕は窓辺に立って外を眺める。冬に褪せた草原が広がり、葉の落ちた木々が目を閉じて日ざしを浴びている」。
「赤い傘で顔を隠して、」
「朝露に濡れた緑の陰で、ひとり座って待っていた。何年も、何年も」。
「ホームに降りると、なぜかこの街で最後だという予感がした」。
「やっと見つけたよ、こんなところに隠れていたんだね」。
 君が生まれ、言葉を発し、成長し、出会い、別れ、消えるまでの合間。一滴の雫が、水面を波打たせ、蒸発し、雲となり、再び降り注ぐまでの、気の遠くなるような時間。
 濡れた指が、赤い糸で傷口を縫合する。それは肉に溶けてあなたの一部になるけれど、わたしはもうあなたの一部ではない。ハサミは錆びてぼろぼろに朽ちてしまった。皺だらけの顔が微笑む。グラスに残った最後のひとくちを飲み干す。エンドマークもなくノートが閉じられる。どのページもびっしりと君の筆跡で埋め尽くされている。

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    平山瑞穂『ラス・マンチャス通信』

     五つの章から構成される、歪な悪夢のような物語。
     とにかく鬱屈している。各章で、歪んだエピソード、歪んだ登場人物、歪んだ関係性が展開される。読み進めるうちに徐々に非現実的、幻想的なイメージが重なっていき、奇妙な浮遊感と比較的すっきりした不思議な余韻を残して終わる。どの章の結末も、物語はもう続かないのではないかと落ち着かない気持ちにさせられる。それでいてページを捲ると、何食わね顔をして再び歪んだ物語が始まる。歪で幻想的なエピソードが一層ずつ積み重なり、徐々に高さを増し、最終章でクライマックスを迎える。
     最終章まで読んで評価を転じた。悪趣味な映像が好みだったためと、ベタながら主人公の変化にぐっときたためだ。通勤電車内でにやにやしながら、ああこれをあのひとに薦めたいぜひ薦めたいと強く思った。しかしよく考えてみると、もともとがあのひとにオススメされた本だったかもしれない。

    読了日:20171112

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      河野裕・川端ジュン一『ウォーター&ビスケットのテーマ1 コンビニを巡る戦争』

      評価:
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       面白かった。どちらかというと物騒な話だけど、登場人物に関するエピソードが丁寧に語られるからか、わりと静かな印象が残った。作中作を引用し合うやり取りが楽しい。タイトルからして話の軸になってくるんだろうけど、あらすじだけでも面白そうでずるい。共著がどう分担してるのか少し気になる。設定、監修と執筆か、それとも作中作と本編とか(さすがにそれはないか)。
       なんともいえず良い終わりかたをしているので早く続きが読みたい。

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        アーサー・C・クラーク『火星の砂』

        評価:
        アーサー C.クラーク
        早川書房
        ¥ 691
        (1978-07-01)

         古きよきSF。ここに描かれている未来は訪れていないが、訪れていないからこそ見える部分がある。SFの古典を読むときはいつもそんなことを考えている。変わりゆくものと変わらないもの、流行する魅力と普遍の価値について。

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          ねじれ双角錐群『望郷』Kindle版

          物語をめぐるアンソロジー。表紙が素敵。

          『物語のない部屋』
          メタ。好きです。アンソロジーや短編集の一作目というのはその一冊を決定づける役割があることに最近気づいた。

          『新しい動物』
          虹鱒かわいい。ビジュアルはシュールだけど、こんなにかわいく描けてしまう文章ってすごいな。

          『二色の狐面』
          のじゃロリ狐ババアはジャンルなのか? 地の文の安定感と会話のテンポが楽しい。スピンオフ的な意味でも楽しかった。

          『組木仕掛けの彼は誰』
          かっこいい。夢中でページを捲ってしまった。辞書文体、AR、人物の配置、キャッチーな単語と隙がない。のじゃロリ狐ババアはジャンル(以下略)

          『ユゴスに潜むもの』
          SF。まさか異星人ものがここにくるとは……。つっこみどころがいくつかありつつも、はらはらしながら読み進めた。

          『香織』
          ポップカルチャー。星とか虹とかラベンダーの香りとか、モチーフの挟み込みかたが秀逸。なかなか真似できないバランス感覚だと思う。

          『器官を失ったスピンドルの形』
          うわーこれ好きだー。冒頭二文で引っ張られ留まることなく。硬めの文章のなかに挿し込まれる「誕生日、おめでとう!」の美しさよ。

          読了日:20171008

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