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柴崎友香『春の庭』

評価:

柴崎 友香
文藝春秋
 ¥ 691 
(2017-04-07)


『春の庭』

 場所や空間を主題に据えることの多い作者の、場所と空間の話。

 読みながら違和感があったんだけど、人称がおかしいことが理由だった(解説を読んで再認識した)。登場人物が語るようでいて、途中から不意に視点が移動する。なんとなく幽体離脱ってこんな感じなのかなと思う。見ているはずのないシーンを見ている。その距離感がざわざわする。これは喪失の物語なのだと直感的に思う。けれど何が失われているのか、誰が喪われているのか、はっきりとわかっていない。

 太郎と西が水色の家に乗り込んでいって、西に対して太郎が「ここまで必死なひとのために何かしなくては」と駆られるシーンは読んでいて可笑しかった。


『糸』

『春の庭』よりはっきりと喪失を題材にしているが、重点はそこには置かれていない。かといってどこにあるのかが読めていない。ベランダに立つ女を見るシーンは、『見えない』に通じる怖さがある。中盤のイメージと後半の緊張感が印象的だった。


『見えない』

 これも語りに違和感がある。「住人が」という人称は、主体が部屋で、人を部屋の付属物のように感じさせる。これも幽霊のようだ。語り手はスマホを持っていない、ネットに繋いでいない。生活感を取り除かれたマンションの窓の描写が不気味で、図鑑に載っていない謎の木だけがやけに色鮮やかだ。幽霊が幽霊を見る、最後のシーンがすばらしい。


『出かける準備』

 いつもの場所がイベントによって全く異なる場所に変容する。場所を移動することが、そのまま登場人物の心情とリンクしている。こうして書くと当たり前のことのようだが、どうしてこうも新鮮に感じられるのだろう。場所を移り変わる合間に私たちは会い、話をする。そうしてまたそれぞれの場所へ移っていく。登場人物はスマホを操るし、飲み食いするし、幽霊ではなかった。


 本筋にはあまり関係ないけど購入したのはKindle版です。読んでいたら、未読なのに二箇所ほどマーカーが引いてあってびっくりした。


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    杜昌彦『悪魔とドライヴ』

    評価:
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    人格OverDrive
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    (2018-03-01)

     よかった。気づいたら半分過ぎてて、え、ここからどうなるのってなったけど、後半の疾走感に引っ張られ、結末まで目が離せなくて一気に読んだ。
     不気味で得体が知れない登場人物。歪んだ精神、狂気、どろどろした肉体関係も淡々と描かれていく。どこか諦念を含んだ冷めた視点は作品全体に通じているけれど、特に主人公とヒロインに沿うとき、人物に馴染むように色濃く感じられた。そこからクライマックスに向けて高まっていく危うい熱の対比がすばらしい。

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      空中映画鑑賞

      『ブレードランナー』(1982)
       観たことがなかったので2049より先に観ておこうと。古きよきサイバーパンク。柄が光る傘とか女性の髪型とかに古さを感じたけど、物語自体は全く古くなくて途中からすっかりのめりこんで観ていた。「私たちはどこから来てどこへいくのか」という普遍的なテーマ。サーチライト(広告? 空飛ぶ車のヘッドライト?)でゆらゆらと照らされる廃墟然とした建物の階段、そこを上っていくシーン。最高か。

      『キングスマン2 ゴールデンサークル』
       1を観ていないけど問題はなかった。シリーズの途中から観て前作を想像で補って、面白かったら前作も観る、みたいな観方をたまにする。がちゃがちゃしたギミックとアクションとブラックユーモアというかグロ(食事中にはおすすめしない)。正しくエンタメだなーそして正しいエンタメは何も残らないなと思った。めでたしめでたし。

      『Shape of Water』
       映像がやや好みではあれど、どストライクではないので個人的には可もなく不可もなくでした。前情報なしで観ればまた違う感想だったかも。でも前情報なしだとたぶん観ないジャンルだ。
       異形×異形の恋愛ものとか書きたいなと思った。誰もついてこれないタイプの。
       好きな登場人物はスパイ博士。あとラッキーじゃないほうの猫。

      『ブレードランナー2049』
       もう、最高かと。事前に1982を観ておいてよかった。
       ホログラムとリアルが二重写しになるシーンが好き。指先が微妙にぶれるところに興奮した。
       傘はやっぱり傘のままなのね、という。でも考えてみると傘ってあれが完成形なのかもしれない。あれ以上進化しないのかもしれない。
       ハリソン・フォードに対してついつい、「おじいちゃんがピンチだ!」とか、「おじいちゃんがんばれ!」とか思ってしまう。あとは記憶創造研究してる博士が好みでした。
       音楽は1982と同じだろうか。むちゃくちゃかっこいい。

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        いないいない

         終電に揺られ最寄り駅で下車する。徒歩二十分の条件で選んだアパートまで、実質三十分かかる。玄関のドアに到達する頃には午前一時を回ってしまう。真新しい家の建ち並ぶ住宅街の一角、すべてが耳をひそめるなかで鍵をさしこんで回す。かちゃん、と音がしたたり落ち、夜に波紋が広がる。
         静かにドアを閉め、鍵をかけて靴を脱ぐ。寝室の戸をそっと開けると、隙間から布団が三枚敷かれているのが見える。真ん中のかけ布団が大きくずれていた。私は部屋に忍びこみ、冷たい布団を掴むと本来の位置まで戻す。
         リビングに向かう。テーブルの上には煮魚の載った皿と、スープカップと、空の茶碗が置かれている。カップをレンジで温め、お釜に残されたご飯をよそい、それも温める。テレビはうるさいのでつけない。薄暗い明かりの下、椅子たちが黙って私を見つめている。咀嚼する音が散らばって、フローリングに沈みこむ。
         食器を片づけ、風呂場でシャワーを浴びる。湯船にはしばらく浸かっていない。水を溜めるのも落とすのも音が大きくて、起こしてしまうといけないから。
         寝間着に着替えて歯を磨く。廊下の明かりを消して寝室へ。
         布団のうえにちいさくて透明な足が転がっている。それは夜のあいだ自由奔放に転げ回る。時折、私は足の位置と温度を確かめ、布団をかけたりかけなかったりする。

         穏やかな気持ちで海に潜った。波間で私を呼ぶ声を聞く。ころころ転がるような笑い声を。波はゆっくりと引いて、足元に草が生い茂り、私はちいさな手と手を繋いで歩いていた。日は傾き、長く伸びた影が仲よく三人並んでいる。私は隣を見た。左手の先に透明な手があり、透明なからだがあり、透明な顔が私にふふふと笑いかける。
         ふいに強い風が吹き、砂ぼこりに手で顔を覆う。風が止むと、そこには枯れた川の跡がうねうねと曲がりながら続くばかりだ。私の四肢はみるみる痩せ衰えていく。乾いた指の先からひびが割れ、皺が刻まれる。地の底で誰かが呻いている。
         窓から射す光に目を覚ます。天井を眺めたまま、ばたばたと慌ただしい足音を聞いた。まんま。たどたどしく言う声。そうね、まんま、食べようね。

         起き上がり、顔を洗ってパンを焼く。やかんの口から湯気が吹き出す。コーヒーの香りとトーストをかじる音が広がり、薄まって、かき消える。
         冷えたシャツに袖を通す。髭を剃り、ネクタイを締める。誰もいない部屋に向かって手を振る。行ってきます。

        JUGEMテーマ:小説/詩


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        No one, no one - his ghost in the dining room -
        短編第184期 投稿 1000字
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          | 部屋 | comments(0) |

          さかさま少女

           昼間は誰もいないので、ただひたすらにぼんやりとしている。いぐさの敷き詰められた天井を眺める。床の下を流れていく雲を眺める。部屋の真ん中の照明、そこから真上に飛び出した紐を揺らして遊ぶ。こっそり地袋を開けてみたりする。床板の模様は叫ぶ顔のように見えて少し怖い。
           夕方になると半透明の女の子が現れる。天井から、さかさまに立った状態で部屋に入ってくる。
           女の子はさかさまの机で勉強したりさかさまのベッドで眠ったりする。彼女には僕が見えないらしい。何度かそっと触ってみようとしたけれど、僕の手は彼女のからだをすり抜けてしまった。ふわりとした温かさだけが掌に残った。

           ある晩、黒い男が部屋に現れた。男はベッドで眠る女の子に近づき、布団を剥がし、寝間着を乱暴に脱がせ始めた。目を覚ました女の子が叫ぼうとしたけれど、寝間着の両袖で口を縛られた。やめて、と女の子が唸った。おとうさんというのが男の名前らしかった。男は黙ったまま女の子の上にのしかかった。声のない悲鳴。
           その晩から、数日に一度の割合で男は部屋を訪れた。女の子はしばらく抵抗していたけれど、何度か叩かれてそれもできなくなった。男に犯されている間、女の子は中身がなくなったみたいな目をして虚空を見つめていた。

           ある日、女の子は体調がよくないのか、昼間でも布団に潜ったままだった。意識が朦朧としているのかもしれない、口もとまで掛け布団で隠して、焦点の合わない瞳を薄く開いている。その目がふとした拍子に僕を捉え、ほんの少しだけ見開かれた。そして、布団からゆっくり手を出し、細い指をひらひらと振った。僕は突然のことに驚きながらも、どうにか手を振り返すことができた。彼女はまた目を細めて、そのまま静かな寝息をたて始めた。
           それから女の子は昼間も部屋にいることが増えた。女の子は僕にいろいろなものをくれた。ピンク色のかわいい寝間着。茶色くて甘いさくさくしたもの。たくさんの小さな絵が描かれた本。それから名前。
           はじめは口をぱくぱく動かしているだけだったけれど、少しずつ、これあげる、とか、おいしい? とか、女の子の声が聞こえるようになってきた頃のことだ。
          「あなたの名前」一冊の本を開きながら彼女は言った。「天井にいるから天井わらし。略して天ちゃん」
           天井にいるのは女の子の方なのに。僕は首を傾げた。

           夜になると黒い男がやってくる。そして女の子を犯す。僕はただそれを眺めている。空っぽの彼女を見ていると、なぜだか右手が震えるようになった。
          「天ちゃん」
           男が出ていったあと、静まり返った暗い部屋で、女の子はいつも決まって僕を呼んだ。僕に向かって手を伸ばす。僕も女の子の方に手を伸ばす。相変わらず、僕の手は彼女の手をすり抜けてしまう。ふわりとした温かさを感じる。女の子が薄く微笑む。彼女も同じように温かさを感じてくれていればいいと思う。

           よく晴れた日の午後、女の子は窓から外を眺めていた。僕も膝立ちして窓を覗きこむ。あれが学校。女の子が指さす先に四角い建物が見えた。
           女の子はひらりと足を上げ、窓枠に腰掛けた。両足を外に出してぶらぶらさせている。僕も真似をして腰掛け、突き出た板に足をのせた。女の子の差し出した手は半透明ではなくなっていた。手を繋ぐ。白くてほんのり熱を帯びていて、僕の手をきゅっと握り返してくる。
           見下ろす空には雲ひとつなかった。鳥が数羽並んで泳いでいく。
           不意に女の子のからだが窓枠を離れた。つられて僕も窓から飛び出す。彼女はするりとからだから抜けて、落ちる僕についてくる。
           女の子と僕を閉じこめていた牢獄は、すぐに小さくなってどこかわからなくなった。
          「天ちゃん」と隣で彼女が囁く。「私たち、どこに行くの」
           黙って彼女を見る。彼女の瞳のなかに僕の姿を見つける。長い髪が風にあおられて踊っている。なんだか女の子みたいな格好してるな、と僕は思う。
           ふたりで手を繋いだまま、青い空をどこまでも落ちていく。

          JUGEMテーマ:小説/詩



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          the upside-down girl - their fantasy in the prison -
          合わせて:天井わらし
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