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小林泰三『玩具修理者』

『玩具修理者』
見事な短編。無駄のない、グロテスクで美しい作品。自らの存在が根本から脅かされることこそ真に恐怖だと思う。

『酔歩する男』
長めの小編。途中、一昔前の学生の自意識強めで青臭い感じがつらかったが(後で二十年くらい前に出た本と知って驚く)、読み進めるにつれてぐいぐい迷宮の奥へと引きずり込まれていく。これ完全にSFですよね? 救いようのなさと、得体の知れなさが好みでした。

初の小林泰三作品だったけれど、くらくらするくらい楽しんだ。やや味が濃かったのでしばらく間をおいて他の作品にも手を伸ばしたい。

読了日:20170428

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    『NOVA+ バベル』

    評価:
    宮部 みゆき,月村 了衛,藤井 太洋,宮内 悠介,野崎 まど,酉島 伝法,長谷 敏司,円城 塔
    河出書房新社
    ¥ 994
    (2014-10-07)

    『戦闘員』宮部みゆき
    にじりよる不安。半ばで終わってしまうのはもったいないし物足りない。

    『機龍警察 化生』月村了衛
    本編未読にして、唐突に放り込まれる警察の政治の話。少しずつSFにすりかわっていく過程がにくい。

    『ノー・パラドクス』藤井太洋
    ノリで一位。楽しかった。王道コミカルSF。他の作品も読んでみたいです。

    『スペース珊瑚礁』宮内悠介
    『盤上』『天使』を経た身として、あ、こういうのもいけるんですねと思った。オチもしっかりついていて面白かった。

    『第五の地平』野崎まど
    図はずるいでしょう! という一言を言いたいがためにこの感想を書いています。ありがとうございました。

    『奏で手のヌフレツン』酉島伝法
    濃密な文法から変換されるビジュアルの乾いた悪夢感。謎の感動。いや感動は謎ではないんだけど、説明が難しい。好き。

    『バベル』長谷敏司
    ところどころ冗長な印象を持ったがそれも振り替えれば味。なんだろう、不本意ながら仕事頑張ろうと思わされました。好きなことで高いところに行きたいね。

    『Φ』円城塔
    ページを捲るのも一行読むのもこんなにどきどきしたのはいつ以来か。仕掛けがわかっても結末どうなるのかわからなくて、予想していた以上の衝撃をいただきました。好きだわ。

    読了日:2017/4/21

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      春を思う

       大寒波の底で春を思っている。騒がしさが苦手だ。閉めきった部屋のなかで芽吹く観葉植物くらいでちょうどいい。百も乱れなくていい。ほっと灯ったランプの明かりくらいの暖かさで充分だった。
       気難しい少年相手に約束ごとが増えていく。捲し立てるように話さない。相槌を打つ。一度黙ってしまったら、向こうが口を開くまで待つ。視線をそらさない。
       外では雪が散っている。窓から空を見ると、そのまま白く吸いこまれていきそうだ。雪は奪う。温度も、音も、魂も。少年は服を三枚重ね着した上にコートのファスナーをきっちりとしめ、靴下も二枚重ねで履いていた。うさぎの耳のついたふわふわの帽子をかぶって、私の貸したマフラーで首の回りをぐるぐる巻きにしている。この部屋には暖房がない。
       真夜中、ベッドのなかで縮こまっていると窓の外に列車が到着した。少年は眠たい目を擦りながら乗りこんだ。窓から窓へ。お互いに一言もなかった。列車が動きだし、彼の顔はすぐに見えなくなった。雪が吹きこむのにも構わず、窓を開けたまま列車が小さくなっていくのを見送る。白い空に吸いこまれていくのを。
       翌朝目を覚ますと、長らく黙っていた鉢植えが言葉を発した。最初は黙って聞く。相槌を打ち、わずかな土から顔を出した芽をまっすぐ見る。窓の外の雪はきっと止んでいるが、この部屋には春は来ないだろう。私は、少年が残していったマフラーを植木鉢にぐるぐると巻いた。

      JUGEMテーマ:小説/詩



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        | 一話完結 | comments(0) |

        かんむり座

        「かんむり座」
        「なに?」
        「春の星座」と彼女は歌うように言った。
        「むかしむかしクレタ島という島にミノタウロスという怪物がいました」
        「牛の人だね」
        「うしのひと」
        「それで?」
        「それを勇者が退治しました」
        「鉄砲で撃ったの?」
        「煮て焼いて食ったかも」
        「ずいぶん野蛮な勇者」
        「その国の王女が勇者に恋をしました」
        「怪物を食うのに?」
        「しかし結局二人は離ればなれになってしまいます」
        「目が覚めたんだ。本当の怪物は勇者、あなただったの」
        「王女はひどく悲しみました」
        「なぜ私は怪物を好きになってしまったのかしら」
        「その様子を見ていた酒の神様が、王女を元気づけようと、美しいかんむりを送りました。そして王女を自分の妃に迎えたのです」
        「え、唐突?」
         それがかんむり座の神話、と彼女は締めくくった。なんかもやっとするね、と私は言った。煮て焼いて食う脚色はさておき、王女はかんむりをもらって酒の神のことを好きになったのだろうか。
        「それで」と彼女が視線を落とす。「ここにあるのが、そのかんむり」
         それはテーブルの上に無造作に置かれていた。古いものであることはわかる。持ってみると予想していたより重たい。黒ずんだ肌はかつて滑らかな金だったのかもしれないし、真ん中にはまっている大きな宝石ももっと澄んでいたのかもしれない。
        「どうするの?」
         尋ねると、彼女は少し恥ずかしそうに頭を下げた。その仕草にどきりとしつつも、私はかんむりを掲げ、恐る恐る、まとめられた髪を包むようにのせる。顔をあげた彼女ははにかむように笑みを浮かべていた。曇っていたはずの宝石がきらりと光り、両肩を露にしたシンプルなドレスにとてもよく合っていた。
         背筋を伸ばして椅子に腰かけた彼女は、さっきまで他愛ないおしゃべりをしていた姉とは別人なんだと思った。窓の外では温かい雨が音もなく降り注いでいる。もうすぐ春が来る。

        * ついったより 修正・加筆

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          | 一話完結 | comments(0) |

          ポット

           ポットのお湯を切らさないでくださいと彼女は言った。
           お湯ですか。
           ええ、お湯です。
           なぜですか?
           質問をしてはいけません。あなたに許されているのはポットのお湯を切らさないようにすることだけです。
           わかりました、と私は白いポットの蓋を開けて水を注ぎ始めた。一面の空白のなかで、とぷとぷと溜まる音だけが揺れている。

          *

           ポットのお湯について考えてください。そうしている間だけあなたはあなたたることができます。そして私もまた私たることができるのです。
           彼女はそう言ったが、そもそもここには彼女と私とポットと水しかない。私は水ではない。私はポットではない。私は彼女ではない。今日も私は水を注ぎ、ポットは湯気をたてている。

          *

           初めにポットあれ。彼女は宣言した。ポットが存在するからには中に溜める水が必要である。水を注ぐのは人の手である。そうしてあなたが生まれた。そう彼女は述懐した。
           どうして貴女が注がなかったんだろう。
           それは質問ですか? いいえ、単なる呟きです。
           どうして私が注がなければならないのかしら。
           それは回答だろうか。いいえ、単なる独り言です。
           さて、彼女はどこから来たのだろうか。

          *

           真白な空間にぽつんとポットありけり。野山もなければ竹もなし、万のものがなかりけり。
           ポットから湯気が立ち上る、湯気の進む方を上と規定する。さすれば自ずとポットの底は下となる。ポットの注ぎ口を前とすれば、反対側が後ろとなる。
           かくして世界は我が眼前に小ぢんまりと屹立し、私は座標(1,0,0)に立ってネガティブ方向にポットと対峙するのであった。

          *

           熱とはエネルギーの残滓であり、つまりポットでお湯が沸くならばそれ即ちエネルギーを消費しているに他ならない。
           当たり前じゃないですか、と彼女はつまらなさそうな眼差しを寄越す。
           何のエネルギーがどこから供給されているのだろう。
           彼女はぴっとひとさしゆびを立てた。見上げれば虚空に数字が6桁、音もなくカウントアップしている。
           それからその数値を記憶することが私の日課になった。今日は、3142656.

          *

           私はポットに水を注いだ。水は蛇口を捻れば出てくる。蛇口とは口の部分であって、それでは捻る部分は何と言うのだろう。
           知りません。
           蛇口があるなら水を引く水道管もある。水道管は遥か彼方から伸びている。どこに繋がっているのだろう。
           さあ……。水道管が見えなくなるところが地平です。
           あの向こうに彼女ですら知らない水源があるのだろうか。

          *

           宙空の数値がカウントアップしない。
           ポットに水を注いだがお湯が沸かない。
           蛇口を捻ったが水が出ない。
           ポットを調べようとしたが動けない。
           私に話しかけても返事がない。
           そうなったらどうします?
           少し考えてみたがうまくいかなかった。なぜなら今日もいつも通り蛇口を捻れば水は出るし、ポットに注いでお湯を沸かすし、虚空の数値はカウントアップするし、彼女と私は独り言をすれ違わせるからだ。
           そう言うと彼女はいつものつまらなさそうな表情を浮かべた。
           そんな76584185の日。

          *



          *

           ポットのお湯を切らさないでくださいと彼女は言った。
           お湯ですか。
           ええ、お湯です。
           なぜですか?
           質問をしてはいけません。あなたに許されているのはポットのお湯を切らさないようにすることだけです。
           わかりました、と言って私は長いことポットに水を継ぎ足し続けている。
           虚空の数値は9223372036854775807で止まってしまった。
           彼女はもういない。彼女は本当にいたのだろうか、と声に出すも、独り言は返らない。

          *

           ポットのお湯について考えてください。そうしている間だけあなたはあなたたることができます。そして私もまた私たることができるのです。
           そう彼女が言ったかどうか定かではない。二つの指標を失った私の記憶は空白に塗り潰されつつある。ここには私とポットと水しかない。もはや最後の指標すら疑わしかった。お湯について考えていようが、彼女は彼女たることができなかったのだから。
           それでも私は今日も水を注ぎ、ポットは湯気をたてている。他に方法を知らなかった。

          *

           水が止まった。
           錆びた蛇口を捻っても何も出てこなかった。水道管もすっかり錆びているので、地平線のあたりで漏水しているのかもしれない。
           私は膝をつき、かさかさに乾いた手でポットに触れた。持ち上げると世界の裏側に「終了しますか?」というメッセージを見つけた。ここはとうの昔に忘れられていたのだ。いいえ。かすれた声で呟いてポットをもとの位置に戻す。
           私はひとさしゆびでゆっくりと注ぐボタンを押した。湯気と共に、ピンクと赤と黒の混じったどろりとした肉の塊が落ちる。ぼたぼた、どぼどぼ、勢いを増して、指を上げても止まらない。吹き出した肉に飲みこまれ、私もまたその一部と化し、思念だけが座標上に立ち上がった。
           探しに行こうか。
           (1,1,3)に浮遊しながら思う。広がる肉の上で輪郭を走査する。ポットを中心としてなだらかに傾斜した丘の縁を、水道管がぐるりと取り囲んでいた。それが地平線だった。
           肉塊はとめどなく溢れ続けた。やがて空白は埋め尽くされ、果てから反湯気方向へと流れ落ちた。瀑布は白い世界を肉色に浮かび上がらせる。ボタンがあり、蓋の開閉軸があり、注ぎ口がある。それは巨大なポットの形をしている。
           1……2……。
           私は虚空に値を浮かべて数え始める。
           15……16……。
           初めにポットあれ、と誰かが言った。
           127……128……。
           ポットが存在するからには中に溜める水が必要ね。
           255……256……。
           どうして私が注がなければならないのかしら。
           1023……1024……。
           やがて巨大な手がポットの蓋を開き、
           肉塊はポットの中へと吸い込まれた。

          * SPACE ID:418755 go to next POT...? (Y/N)

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